味方




それでもやはりキラの様子なら聞いておきたいのが本当のところだ。たっぷり一分ほどかけて、アスランはなんとか気持ちを立て直した。
「───それで、アスハ家との交渉はスムーズに進んだんでしょうか」
「ええ、それは。どう逆立ちしたって外国人の私では詳しいとは言い難いですが、彼が換金したがっている品物は、素人目にもしっかりした物ばかりだと判断しました。長い歴史を持つ物に価値を見出だす国はいくらでもありますから、専売にしてもらえるのは私にとっても悪い話ではないです。こちらから断る理由がありません」

お世辞などではなく事実を述べただけだが、アスランが安心する内容だったはずた。しかしほっとした表情の下に、苦虫を噛んだような複雑な感情が垣間見えた。アスランの心理を推し量りかねたデュランダルだったが、答えはニコルの意地の悪い台詞であっさりともたらされた。
「あーあ、今度は嫉妬ですか。キラさんのこととなると、どこまでも狭量ですね」
「────悪いか」
「開き直った!」
声を立てて笑うニコルに屈託は感じない。彼らのバックグラウンドは考えず、年相応に恋愛をしている青年と思っていいようだ。
少し肩の力が抜ける。そしてデュランダルは、自分が彼らに対してそれなりに緊張していたのだと気付いた。遥かに年下の彼らに情けないとは思うが、年端もいかぬ時から英才教育を受けていただろう相手だ。許されてもいいだろう。
「そうですか。キラさんの懸念事項が少しでも緩和するなら、何よりです」
ぽつりと呟かれたニコルは心底安堵の表情だ。
「あの男の手助けだというのは気に入らないがな」
「まだ言ってる。小さなことですよ」
呆れ果てたニコルに、デュランダルも漸く心から笑うことが出来た。
それに目ざとく気付いたニコルが、口許に穏やかな微笑を刻んだため、まだ気を抜くには早計だったかと背筋に冷たいものが滲む。
「困りましたね。僕、どうしても貴方と仕事をご一緒したくなっちゃいました。アスランはどうですか?」
話を振られたアスランは、チラリとニコルに視線を送り、長い溜め息を吐いてデュランダルに向かった。
「と、いうわけだ。こうなったらニコルはしつこい」
デュランダルは素早く頭の中でこれまでの取引相手の一覧を広げた。彼らの出した条件に添える人脈があるかどうかの確認だ。幸いデュランダルの生活圏の人々は芸術方面に対して一定の敬意を表す習慣がある。芸術家の卵へ出資するのは、社会貢献の一丁目一番地という土地柄だ。最初ニコルの話に乗り気にならなかったのは、自分の小さな商会では扱い切れるかどうか疑問だったから。それでなくともアスハ家所有の品々を売り捌く仕事もある。
だがしょうがない。デュランダルも彼らとこれきりで別れるには、少し味気ないと思ってしまった。
「すぐにお返事致しかねますが…。心当たりが全くないわけではありません」
「大丈夫。お待ちしますよ。早速こっちでも画廊の準備を始めます」
そう言われてしまえばデュランダルの方は断り難くなる。
「しかし色好い返事が出来る保証はありません」
「そこはお気になさらず。貴方の仕事の速さは目を見張るものがあります。快諾頂いてから準備を始めるのでは間に合わないでしょう。こっちから持ちかけた商談で待たせるなんてお話にならない。返事がノーだったとしても責任を問うようなことはしません。なによりこちらには世界でも指折りのスポンサーがついてますから。ね、アスラン」
「まぁ…様子を見ながらだな」
「厳しい!」
「馬鹿言え。ウチだって無尽蔵に金が湧く財布があるわけじゃないんだぞ」
渋い顔を見せるが既にアスランの中でも、画廊開設は既定路線のようだ。
(これは急ぐ必要がありそうだ)
軽口を叩き合う二人を眺めながら、デュランダルはこの先のスケジュールの前倒しを覚悟した。だが嫌な焦燥感ではなく、新しいビジネスパートナーを得た、ワクワクする高揚感に満たされるものだ。予定より帰国は早まりそうだが、8割方レイに会いに来たようなもので問題ない。後一度、アスハ家当主というあの青年に会って、具体的な段取りを決める必要はあるが。
「それでは今日のところはこの辺で失礼する」
会話の邪魔をしないためゆっくりと運ばれて来る食事も、いつしか終わっていた。この国の趣向を凝らした料理だったはずが殆ど記憶にないのは残念だが、それほどこの会合がデュランダルにとって楽しかったということだ。
「お送りします」
すると立ち上がったデュランダルの隣にニコルが並んだ。つられるように身動ぎしたアスランを身振りで制止する。
「アスランはそのままで。車が呼べる所までご案内したら、すぐに戻りますから」


ニコルの笑みが、何故か部屋の隅に控え目に生けてある、白い小さな花と重なった。




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