味方




ニコルは慌ててデュランダルへ視線を移したが、彼の表情からは勿論何も読み取れなかった。期待が外れ、何故ここでキラの名前が出るのかを考える。
(レイって…聞いたことあるような)
唐突に浮かんだのはイザークの仏頂面。いや違う。気を付けていないと見逃してしまう程度の、僅かに煽るような人の悪い笑みの彼だった。
「ああ、思い出した。レイってひょっとしてキラさんの後輩だって言う──」
つい思いつくまま口にしたが、すぐにキラがデュランダルの話した“知人”の条件にピッタリであると気付く。
「なんだ。アスラン、全然出遅れてるじゃないですか」
「んなこと言われてもしょうがないだろう。キラは俺の助力を拒んでるんだから」
俺にどうしろと、と呟くアスランは、あからさまにへこんでいる。毎度のことだがキラが絡むとアスランはここまで無防備になってしまうのだ。今も企業人としてのポーカーフェイスが完全に崩れてしまっていた。
そんなアスランの姿は、ニコルにとっては今更で、寧ろ彼の数少ない人間らしい部分だと微笑ましくもあるのだが、今はビジネスの話の最中だ。ましてデュランダルは中々断定的な物言いをせず、のらりくらりと躱すタイプである。こういう相手は得てして優れた観察眼を持っているから、つけ込まれる可能性も捨て切れない。
再度デュランダルへ警戒の視線を向けたニコルは、彼の表情を見てすぐに、自分の猜疑心がただの杞憂だったと悟った。
彼もビジネス用の仮面を脱ぎ捨てていたからだ。
「キラさんはお元気でしたか?」
ジメジメと黒いオーラを醸し出し続けるアスランをスルーして、先程までの固さを放り投げたニコルがデュランダルへ問いかけた。ニコルだってキラの近況なら、どんな些細な情報でも聞いておきたい。
「彼は僕にとっても大切な友人なんですよ」
「友人──」

“その他大勢“でもなく”悪友”でもなく“友人”。

利害の絡まない相手で、ここまで気になる人間は、後にも先にもキラだけかもしれない。騙し騙されるビジネスの世界で生きてきて、初めて出会った心を預けてもいい相手。彼と知り合ったことでアスランたちとの関係性も大きく変わった。
キラはニコルにとって得難い存在で、一生もつことはないと思っていた“友人”と呼ぶに相応しい人間だった。

「アスハ家のご当主はお元気そうでしたよ」
目を細めて答えたデュランダルの声に、アスランが小さく安堵の息を吐いた。
「レイがね。彼に纏わるアレコレを熱弁するんですよ。これがまた、普段の澄ました態度を一体どこに置いてきたんだって疑問に思うほどでして。その話の中に何度もザラ家次期当主のお名前が出ました。私が貴方を事前に知っているように感じたのは、そういう経緯があったためでしょう」
ニコルが声を立てて笑う。
「あはは!それはさぞかしボロカス言われてたんでしょうね。是非僕も聞いてみたかったです」
「────煩いぞ、ニコル」
「ほんと、キラさんのこととなると、面白いくらい駄目になりますよね。仕事の手腕はあのパトリック・ザラを凌ぐと評判の貴方と同一人物とは到底思えません」
やり込められたアスランは反論しようと口を開くが、上手い言葉が出てこなかったのか、最早それすら考える余裕がないのだろうか。最終的には唇を引き結んでしまった。

デュランダルはそんな二人の遣り取りを興味深く観察した。
事前に聞いていた通り、ビジネスが絡めばザラ家の方がアマルフィ家よりも上位なのは間違いない。だがそれ以外の場面では、言いたいことを言い合える良い関係なのだろう。
規模の大小はあれど、デュランダルも自らの腕ひとつで商会を切り盛りして来た。シビアな交渉にたった一人で挑んだことも一度や二度ではない。
だからこそ分かる。そんな世界に身を置いて、本音を晒せる相手が出来るのが、どれほど難しいことなのかを。
若い彼らを羨ましく思いつつ、年長者らしく取り成した。
「まあまあ、そう仰らずに。私もアスハ家当主の彼には好印象を持ちました。貴方が執着するのも分かる気がします」
「執着って…」
更にアスランの肩が落ちる。上げるつもりが落としてしまったかと思ったが、ニコルが満足そうに大きく頷いたので、そう間違った言葉のチョイスではなかったのだとフォローしないことにした。




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