味方




「遠慮があるのか、これまで一切我が儘を言ったことがない子だったんです。それが一足飛びに私の仕事に関わる願い事をして来た。しかもその知人とやらを猛プッシュするなんて、普段クールなあの子のそれまでなかった姿を見せられまして。仮にも親ですからね、らしくなく叶えてやりたいと思ってしまいました。話を聞いてやって、流石に丸損するようなら、断ればいいだけですし」
「そうですね」
文脈から予想するに、どうやら“養い子”というのは、幼い子供というわけではなさそうだ。その辺の説明がすっぽり抜けているのに気付かない程度には、養い子を可愛がっているのだろう。
しかし───
「でもお金に困る知人なんて、穏やかではないですね」
アスランの感想はニコルが代弁してくれた。おそらくデュランダルもその“知人”を見極める目的もあって、養い子の要請に従い足を運んだに違いない。
「学校の先輩で卒業生とのことでしたから、それほど心配してはいませんでしたが。養い子は身内の贔屓目を差し引いても優秀でしてね。そういう学校におかしな輩は少ないでしょうし。ですから心配は半分です。あとの半分はあの子があれほど懐いている“知人”に純粋な興味が湧いたってところでしょうか。結論から言うと会えて良かったと思ってます。実に興味深い方でした。その点では養い子に感謝ですね」
その知人はデュランダルにとって充分及第点を取ったのだろう。満足そうに口許を緩めた。

しかしアスランは違和感を拭えない。
何故デュランダルがこんな話を聞かせるのか、理解出来なかったのだ。ただ以前から自分を知っている様子に、疑問が湧いただけだったのに。
だが彼が意味もなく関係ない身内話を持ち出すとも思えなかった。


アスランのそんな戸惑いに気付いたのか、デュランダルは僅かに眉を下げた。多分、演技だ。
「これは失礼しました。少々喋り過ぎましたね。つまり私が貴方を知っているように感じられたとすれば、その知人に先にお会いしていたからだと答えたかったんです」
「え?」
まさかそう繋がって来るとは想像してなかった。養い子の知人とは、アスランも知っている人間だったということだ。しかも言い方から察するに、それなりに親しい相手だ。

咄嗟にニコルと顔を見合わせる。しかしアスラン同様、思い当たる人物はいないらしい。

デュランダルがクスクスと噛み殺せない笑いを溢す。アスランとニコルの年相応の反応が可笑しかったのだが、サプライズが成功した子供のように人の悪い笑みを見せるデュランダルも、あまり人のことはいえないだろう。
なんだか負けたような気分も手伝って、アスランはややキツい視線をデュランダルに向けた。だが既に子供っぽい部分を晒してしまった後では、さほどの効果は望めなかった。

僅かな時間で可能性のある人間を思い浮かべてみた。が、アスランやニコルに近しい者などそう易々と存在しない。イザークやディアッカが該当するのだろうが、彼らがデュランダルに接触していれば、流石に事前調査に上がってくるだろう。
「────お手上げです。種明かしをお願いできますか」
アスランがわざとらしく小さく両手を上げて、降参の意思を伝えると「意外と潔いんですね」とデュランダルは肩を竦めた。
「まぁいいでしょう。まずは私の養い子の名はレイと申します」
アスランが翡翠の瞳を見開いた。その名前には覚えがあり過ぎる。
「…───、まさ、か…」
真っ白になる頭の中でサラリと金色の髪が煌めいた。そしてその先には。

半ば無意識に溢れた一言に、デュランダルが無言で頷いた。
デュランダルの養い子の“レイ”とは、間違いなくあの男だ。だが彼にだって親しい友人の一人や二人いるだろう。そう考え直そうとしたそばから、デュランダルとニコルの遣り取りが甦った。


『お金に困る知人なんて、穏やかではないですね』
『学校の先輩で卒業生とのことでしたから、それほど心配してはいませんでした』


────レイの学校の卒業生で、あの男が距離のある“親”にまで頼み事をするほどの相手。しかも金策に奔走している。そしてアスランに繋がる人間。

────一人しかいない。


ガタン、と音を立てて立ち上がったアスランを、驚いて見上げるニコル。しかしそんな視線にかまける余裕はなかった。


「貴方が会ったというのは…アスハ家の現当主のことですね」





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