味方




「いかがですか?恥ずかしながら僕は絵画の知識に自信がなくて」
「それは私も同じですよ。でも扱う予定の作家については、ちゃんと調べてあるのでしょう?」
「それは勿論です。権威ある美大出身で、学生時代には成績優秀だった者の作品ばかりを選びました。何とも味気ない判断基準ではありますが」
「ほう。では師事していた方々の紹介文や推薦状のようなものがあれば、無名の作家でも箔を付けられるかもしれませんね」
「ああ、それは気付きませんでした。確かに仰る通りです。美大で教鞭を取っている彼らは、既に現代美術界では名を馳せているはずですから」


熱心に話し込むところに敢えて口を挟まず、アスランは不自然にはならない素振りでデュランダルの観察をし続けていた。
デュランダルは受け答えの間も一切鷹揚な態度を崩さない。アスランが人となりを見ているのを心得ているニコルが、わざと煽るような言い方をしても、表情どころか顔色すら変わらなかった。些細なことで動揺しないのは経営者として最も必要な素養だが、過ぎれば熱意がないからとも思われる。
当然ニコルも気付いているのだろう。段々と「これは空振りかな」と思い始めているのが、長い付き合いのアスランには分かった。


画廊計画の披露が粗方終わったところで、そろそろアスランが会話に加わろうとした時だった。
「私の観察は終りましたか?」
唐突にデュランダルがアスランに笑顔を向けた。勿論そんな不意討ちに動揺するほど、アスランも初心ではない。
「…────そうですね。控え目にしてたつもりですが、視線が煩わしかったのならお詫び致します」
受けて立ったアスランは胡散臭い笑みを返した。一転してホスト役から傍観者の立場になったニコルが、騙し合いのような遣り取りに内心でどん引きする。

よく知るアスランが一瞬でビジネスモードにシフトチェンジしたのは分かったが、果たしてデュランダルはどうなのだろうか。柔和に“見える”微笑みを崩さず、しかしニコルに対していた時とは、明らかに何かが違った。それが何かを探らなければと思った。

とにもかくにも今度はこちらが観察する番である。アスランがデュランダルに揺さぶりをかけるのを待ち、ニコルは注意深く二人を見比べた。
「煩わしいなんてとんでもない。規模は小さいですが仮にもビジネスパートナーですからね。値踏みするのは当たり前でしょう。──それで、私は貴方のお眼鏡に適いましたか?」
「残念ながら、良く分かりませんでした」
馬鹿正直に答えてやる必要はないのだが、敢えて真正面から応じたのは、顔を合わせた瞬間からアスランに対する妙な含みの実体を知るためだ。そもそもアスランが仕事上で関わった相手を忘れることなどない。調査報告書を読んで、改めて彼とは今回が初対面だと確信があった。
それなのに彼の態度は一体どういう意味なのか。追求すれば彼の内面に踏み込むヒントがあるかも知れない。単なる考え過ぎならそれで構わなかった。

アスランの答えが余程意外だったのか、デュランダルは目を丸くした後、豪快に笑い出した。大きく表情を変えたのは初めてだった。
「ははは!流石はザラ家の次期当主ですね。そう来るとは思いませんでした」
「私を以前からご存知だったように見受けられましたが」
それをおそらくデュランダルは隠そうとしていない。彼ならもっと上手く誤魔化せるはずだ。
案の定、気負いなく明かされた回答は、しかし思いも寄らない内容だった。
「実は私が今回この国を訪れたのは、養い子のたっての願いを叶えるためでねぇ」
「養い子?」
ニコルが眉をひそめたところをみると、アマルフィ家の調査書にもなかったのだろう。勿論アスランにとっても初耳だった。
「通り一遍の身元調査じゃ引っ掛らないかもしれませんね。籍を入れてるわけではありませんし、会う時は専ら養い子の方が私の国へ来てましたから」
「───はぁ」
納得が行ったような行かないような。
だが確かに調査はビジネス面に特化させた。短時間では詳しいプロフィールまで手が回らなかったのだろう。
どういう経緯で養い子がいるのかは知らないが、子供の頼みをきいたというなら、分からないでもない。
「その方の“願い”をお尋ねしても?」
「構いませんよ。養い子の知人が金の工面に苦慮してるというので、話をきいて、出来れば力になって欲しい、というものでした」
養い子が頼み事をしてきた時のことを思い出しでもしたのか、さも可笑しそうに笑いを噛み殺した。アスランに向けるある種挑戦的な笑みとは全く違うものだ。




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