味方
・
人物像は常に穏やかな笑みを絶やさない鷹揚なタイプのようだが、それも全てが計画通りに進んでいる上でのものかもしれない。その辺の線引きを見てみたくて、会ってみるのもいいと判断したのだ。
「俺たちより一回り年上だからな。色々レクチャーしてもらいたい」
「それ、本気で言ってるんじゃないですよね」
「さぁな」
ニヤニヤと笑いながら惚けると、ニコルが思い切り嫌な顔になった。はぐらかされたと思ったのだろう。実際そうだ。
ザラ家とギルバート商会では規模が違い過ぎて、話を聞いても参考になるものなどない。そもそも物心ついた時から英才教育を施されたアスランに、今さら目新しい話題はないだろう。
聞きたいのはビジネス面ではない。それ以外の気持ちのやり場を知りたかった。商談の場面で、しかも初対面の相手に、そこまで踏み込むのは困難だろう。
資料を読む限り、彼に伴侶がいる様子はなかった。しかし勿論彼も人間だ。愛している、または愛した人がいただろう。
そういう気持ちとどう折り合いをつけているのか。ヒントでもいいから掴みたい。
もうキラに逢えなくなって、どれほど経っただろうか。
逢いたい。顔を見たい。他愛ない話をして、そして──
触れたい。
ぎゅ、と強く拳を握って、軽く頭を左右に振った。会食の席を用意した店先は、もう目と鼻の先だった。
外国の人物が目新しさを楽しめるように、この国伝統の食事を出す落ち着いた佇まい。とはいえ抵抗のありそうな食べ物をそのまま出すのではなく、原型を崩さない程度にアレンジしてくれる。一見客お断り──どころか、大通りからかなり奥まっており、看板のひとつも出していないその店は、偶然通りかかったとしても、飲食店と気付く者はいないだろう。一般客がいないため静かなところが気に入って、アスランも商談によく使う店だった。
見覚えのある女性にその店の一番いい部屋へと案内される。ギルバート・デュランダルは先に到着しているらしい。
「お呼び立てしておいて、お待たせして申し訳ございません」
扉が開くと同時に口上を述べながら、ニコルが先に立って入室する。
「いいえ。今回はプライベートなのでね。時間に余裕がありますから」
「そんな時に無粋なお話を引き受けて頂いて有難うございます」
にこやかな挨拶が交わされる中、アスランはデュランダルを抜かりなく観察していた。
見た目だけなら実年齢より若そうだが、雰囲気は年相応だ。年下とはいえアマルフィ家の次期当主のニコルに、初対面でありながら全く気後れした様子がない。穏やかな笑みを崩さず、評判通りの鷹揚な佇まいだが、穿った目で見ると本音を晒さないタイプとも思える。
などと考えていると、ばちりとデュランダルと目があった。いつの間にか挨拶は終わっていたらしい。
「そちらの方が?」
「ああ、はい。ご紹介致します。弊社の最大の出資者であるザラ家次期当主のアスラン・ザラ氏です」
「初めまして。お邪魔させて頂きます」
「───そうですか。貴方が…」
「え?」
含みのある言い方が引っ掛かり、思わず腰を下ろしかけた動きが止まる。改めてデュランダルを真正面から眺めるも、表情に変化はない。ザラ家次期総帥と会ったことへの感想としての言葉だと解釈したアスランは、そのまま腰を落ち着けた。
軽い乾杯の後、早速ニコルが意地の悪い笑みを張り付けて口を開いた。
「経営者というより、まるでモデルみたいで驚かれたでしょう?」
アスランの容姿を弄るのは、場を和ませるためによく使われる軽口だ。アスラン自身は父・パトリックに比べ“貫禄”という意味で常々物足りないと思っているが、別に貶されているわけではないので強く文句を言えない。それにニコルこそその可愛らしい容姿でよくも言う、と内心で悪態を吐いた。
「生憎母親似でな。いいだろ、顔で商売するわけでもなし」
これもお決まりの返しが功を奏したのか、デュランダルは小さく吹き出した。
「ホストでも一財産築けそうですね」
するとニコルがわざとらしくポンと手を打った。
「ああ、その手がありましたか!良かったですね、アスラン。多少パトリック氏の財産を食い潰しても補填出来ますよ」
「くだらん」
「その時は是非アマルフィ家にプロデュースさせてくださいね」
「ニ~コ~ル~」
横に座ったニコルを睨むと、全く堪えた様子もなく、ペロリと舌を出してみせる。
「怖い怖い。怒られちゃいましたんで、話題を変えますね。──既に資料はお送りしましたが、これが新しく始めたい画廊の詳細です」
ナチュラルに商談へと持ち込む手腕は流石だ。出した資料と同じものがアスランにも手渡され、見れば土地勘のないデュランダルにも分かり易い地図や写真が添えられていた。人の流れや周辺の住宅街の経済レベルまで書き添えられている。
その他には数人の作品の写しも添付されていて、そちらに目を通していたデュランダルに、ニコルが感想を求めた。
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人物像は常に穏やかな笑みを絶やさない鷹揚なタイプのようだが、それも全てが計画通りに進んでいる上でのものかもしれない。その辺の線引きを見てみたくて、会ってみるのもいいと判断したのだ。
「俺たちより一回り年上だからな。色々レクチャーしてもらいたい」
「それ、本気で言ってるんじゃないですよね」
「さぁな」
ニヤニヤと笑いながら惚けると、ニコルが思い切り嫌な顔になった。はぐらかされたと思ったのだろう。実際そうだ。
ザラ家とギルバート商会では規模が違い過ぎて、話を聞いても参考になるものなどない。そもそも物心ついた時から英才教育を施されたアスランに、今さら目新しい話題はないだろう。
聞きたいのはビジネス面ではない。それ以外の気持ちのやり場を知りたかった。商談の場面で、しかも初対面の相手に、そこまで踏み込むのは困難だろう。
資料を読む限り、彼に伴侶がいる様子はなかった。しかし勿論彼も人間だ。愛している、または愛した人がいただろう。
そういう気持ちとどう折り合いをつけているのか。ヒントでもいいから掴みたい。
もうキラに逢えなくなって、どれほど経っただろうか。
逢いたい。顔を見たい。他愛ない話をして、そして──
触れたい。
ぎゅ、と強く拳を握って、軽く頭を左右に振った。会食の席を用意した店先は、もう目と鼻の先だった。
外国の人物が目新しさを楽しめるように、この国伝統の食事を出す落ち着いた佇まい。とはいえ抵抗のありそうな食べ物をそのまま出すのではなく、原型を崩さない程度にアレンジしてくれる。一見客お断り──どころか、大通りからかなり奥まっており、看板のひとつも出していないその店は、偶然通りかかったとしても、飲食店と気付く者はいないだろう。一般客がいないため静かなところが気に入って、アスランも商談によく使う店だった。
見覚えのある女性にその店の一番いい部屋へと案内される。ギルバート・デュランダルは先に到着しているらしい。
「お呼び立てしておいて、お待たせして申し訳ございません」
扉が開くと同時に口上を述べながら、ニコルが先に立って入室する。
「いいえ。今回はプライベートなのでね。時間に余裕がありますから」
「そんな時に無粋なお話を引き受けて頂いて有難うございます」
にこやかな挨拶が交わされる中、アスランはデュランダルを抜かりなく観察していた。
見た目だけなら実年齢より若そうだが、雰囲気は年相応だ。年下とはいえアマルフィ家の次期当主のニコルに、初対面でありながら全く気後れした様子がない。穏やかな笑みを崩さず、評判通りの鷹揚な佇まいだが、穿った目で見ると本音を晒さないタイプとも思える。
などと考えていると、ばちりとデュランダルと目があった。いつの間にか挨拶は終わっていたらしい。
「そちらの方が?」
「ああ、はい。ご紹介致します。弊社の最大の出資者であるザラ家次期当主のアスラン・ザラ氏です」
「初めまして。お邪魔させて頂きます」
「───そうですか。貴方が…」
「え?」
含みのある言い方が引っ掛かり、思わず腰を下ろしかけた動きが止まる。改めてデュランダルを真正面から眺めるも、表情に変化はない。ザラ家次期総帥と会ったことへの感想としての言葉だと解釈したアスランは、そのまま腰を落ち着けた。
軽い乾杯の後、早速ニコルが意地の悪い笑みを張り付けて口を開いた。
「経営者というより、まるでモデルみたいで驚かれたでしょう?」
アスランの容姿を弄るのは、場を和ませるためによく使われる軽口だ。アスラン自身は父・パトリックに比べ“貫禄”という意味で常々物足りないと思っているが、別に貶されているわけではないので強く文句を言えない。それにニコルこそその可愛らしい容姿でよくも言う、と内心で悪態を吐いた。
「生憎母親似でな。いいだろ、顔で商売するわけでもなし」
これもお決まりの返しが功を奏したのか、デュランダルは小さく吹き出した。
「ホストでも一財産築けそうですね」
するとニコルがわざとらしくポンと手を打った。
「ああ、その手がありましたか!良かったですね、アスラン。多少パトリック氏の財産を食い潰しても補填出来ますよ」
「くだらん」
「その時は是非アマルフィ家にプロデュースさせてくださいね」
「ニ~コ~ル~」
横に座ったニコルを睨むと、全く堪えた様子もなく、ペロリと舌を出してみせる。
「怖い怖い。怒られちゃいましたんで、話題を変えますね。──既に資料はお送りしましたが、これが新しく始めたい画廊の詳細です」
ナチュラルに商談へと持ち込む手腕は流石だ。出した資料と同じものがアスランにも手渡され、見れば土地勘のないデュランダルにも分かり易い地図や写真が添えられていた。人の流れや周辺の住宅街の経済レベルまで書き添えられている。
その他には数人の作品の写しも添付されていて、そちらに目を通していたデュランダルに、ニコルが感想を求めた。
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