味方




「ええ。キラさんが貴方というサイテー男から離れるチャンスですから」
今度はアスランが額を押さえる番だった。
「お前がキラの味方だって、ようく分かったよ」
すると何故かニコルの眉が上がった。
「え?今さらですか?」
「…………」
指の間からじっとりとニコルを睨み上げる。しかしニコルは涼しい顔だ。
「でも僕は冷血漢じゃありませんからね。付き合いが長い人にちゃんと情もありますよ」
「ああ、そうかよ」
「あれ?信用してません?こんなにラクス嬢に同情してるのに」
「その面子で限定すれば、お前と一番付き合いの長いのは俺だと思うんだがな」
「貴方に同情?うわ、止めてください!寒いんですけど!」
わざとらしく自分を抱き締めて、腕を摩っている。それから漸く本題を思い出したようだった。
執務机に積まれていた書類の束を手に取る。
「さて、仕事の話をしましょうかね。既に送信してますけど、一応これ、紙媒体です。今ご覧になります?」
話が逸れてほっとしつつ、アスランは首を横へ振った。内容はしっかり頭に入っている。
「いや、必要ない。──収支は順調なようだな」
「文化なんて食うに困るようじゃ育ちませんからね。余裕があってこそです。シビアかもしれませんけど」
「お前が言うとやけにリアルだな」
「真理です」
ここでにっこりと笑えるニコルは頼もしくも恐ろしい。自身もかなりの腕前のピアニストであるニコルは、芸術家の連中が陥りがちな綺麗事だけでは立ち行かないことを知っている。
ニコルの言うように、音楽や絵画を極めるだけでは、人は食って行けないのが現実だ。しかし才能ある人材は金勘定などに捕らわれず、延びて行って欲しい。だからニコルは彼らが思う存分才能を発揮出来るよう、真剣に金の工面を頑張っていた。


「そうだ。この間小さな画廊を開きたいっていう人と知り合いました」
机の引き出しから薄い書類を取り出してアスランの前に置く。
「へえ。そういやちょっと前に撤退したブランド店の跡地を買い取ったことがあったな。そこを使うのか」
「お勧めはしました。決めるのは本人ですけどね」
「店の規模は丁度いいが立地がな。如何せんあの辺は画廊にするには地価が高過ぎるだろ」
「富裕層が集まる土地ですからね。でもそういう土地柄だからこそ、絵画を鑑賞する人も集まり易いでしょ?」
「あまりレベルを下げて閑古鳥になっても本末転倒ってことか。まずは鑑賞してもらわないと始まらないしな。匙加減が難しいところだ」
「ええ。ご本人もこの場所で開くのは予算オーバーだって悩んでました。数人の仲間の方と共同出資も視野に入れると仰ってましたが」
「俺は芸術方面には疎いからな。実力的にはどうなんだ?」
「僕だって絵のことは良く分かりませんよ。ただ一般受けは良さそうだと思いました」
「その言い方だとお前も乗り気なんだな。じゃあ他の手も考えてるんだろ?」
ペラリとアスランが書類を捲る。そこには既に幾つかの予算案が提示されていた。
まずは芸術家たちの共同出資案。続いてこの音楽ホールのような、ザラ家やアマルフィ家を筆頭とする企業の社会貢献費案。
正直目新しいものではなかったのだが。

「────ん?」

最後に殴り書きのように記された社名。初めて目にする名前に加えて雑な表記だったため、思わず眉を寄せた。
「ああ、すいません。まだ提案段階なんで不完全な書類なんです。今日だって他の方が来てたら画廊の話をするつもりはありませんでしたから。貴方なら耳に入れてもそうおおごとにはならないでしょうしね」

ニコルの言う通り、アスランを含むイザークやディアッカ、そしてニコルの間には仕事を抜きにした、不思議な連帯感のようなものが存在する。無論その感情に囚われたりはしないが、他の人間相手よりは気安くなるのだ。まだ本決まりではないビジネスの話をして、この先それがポシャったとしても、気軽に訂正出来る。世間話の延長のような感じに。

四苦八苦しつつも漸くニコルの書き付けを読み取った。
「デュランダル商会…?」
「ええ。文字通り輸出入をする小規模な企業なんで、アスランが知らなくても無理はありません。僕が知ったのだってほんの偶然だったんです。代表者──ギルバート・デュランダルという名ですが、そのデュランダル氏のフットワークがとにかく軽くてですね。商売になると判断したところへは直接交渉に出向くことも珍しくないようです。で、なにがきっかけかは分かりませんが、この国の文化に着目したらしく、その人、今滞在してるらしいんです。彼にアポを取って件の画家の作品を見せてみるのもアリかなと思いまして。お眼鏡にかなえば作品を“商品”として扱ってもらえるでしょう?」

本当に小さな会社なのだろう。きっと文化面に着手しなければ、ニコルの目にとまることもなかったに違いない。




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