味方




もしかしたらキラは自分ではない他の誰かと結ばれた方が幸せになれるのかもしれない。アスランの中にはずっとそんな思いがあった。
だがだからといってキラを譲るなんて出来っこないのだ。

「キラはどうなんだ?苦労させられるって分かってても、俺を選んでくれるか?」
やや弱気な声が出てしまった。驚いたようにキラがアスランを振り返る。みるみる内にキラのアメジストの瞳が大きく見開かれた。今、自分は一体どんな顔をしているのだろう。
やがてキラは人の悪い笑みを浮かべた。どちらかといえば揶揄かうのはアスランの方で、キラがこんな風にマウントを取ってくるのは珍しい。
「なぁに?そんな顔しちゃって。そんなに僕のことが好きなんだ」
煽られても腹が立つ、という感覚はなかった。ただただ驚いている、というのが正しい。
「え?俺、どんな顔してる?」
自分の顔をペタペタと触ってみる。そんなことをしても分かるわけはないのだが。
「しょうがないなぁ。特別に教えてあげる」
キラはあくまでも強気の姿勢を崩さない。椅子代わりにしていたベッドから腰を上げ、音もなくアスランに歩み寄った。
「一度しか言わないから、しっかり聞いててよ」
目の前に立ち身を寄せる。耳元で囁かれた言葉は───

「ずっと、僕はきみを選び続けてるよ」



真っ赤になって身を引いたアスランを見て、他のことはどうでもいいと思ってしまった。
先のことはわからないが、少なくともこれまでにアスランにこんな顔をさせたのはキラだけだと断言出来るから。

「アスランって意外と可愛いところがあるよね」
「う、煩いな!」

部屋中が明るい空気に満たされる。
キラがこの家に来てから、初めてのことだった。楽しそうな笑い声と反論に喚く声に、驚いてホムラが様子を見に来たくらいだ。




「だけど、僕はすぐにきみの手を取れない」
一頻り笑い合った後、キラは打って変わった真面目な声を出した。
「決着をつけなきゃならないことが山積みだからね。それを放り出す気はない」
「分かってるよ」
「まず僕にはこの家を継続させる意思がない。アスハ家には親類筋だけじゃなくて多くの人々が関わってて、とにかくその数は半端じゃない。彼らに同意とはいかなくても、一応の納得を得られる形を模索して実行していくつもり。でも流石に歴史が長いだけあって、柵みをひとつひとつ解いていくにはかなりの時間が必要になる」
それはアスランにも良く分かった。今のところその予定はないが、もしもザラ家を解体する事態になったとして、自分だけが逃げ出すなんて考えられないからだ。
キラもそれを充分理解しているからこそ、共感を得易い話題から先に出した。
しかしもうひとつの条件にアスランがどんな反応を示すかは未知だった。

「僕…きみのお父さん──パトリック氏に会いたいと思ってる」

「父上に?」


アスランから驚愕した声が漏れる。
キラが黙って頷くと、短時間で言葉を噛み砕いたアスランが大きな溜め息を吐いた。
「言い難いんだけどな、父上の頭にはもうアスハ家との縁戚関係を結ぶヴィジョンはないと思う」
脳裏に浮かぶのはラクスの姿。
そのそも最初からクライン家令嬢である彼女はアスランの相手として最有力候補だったのだ。親しい、というほどの関係性はなかったが、アスランもラクスなら“有り”だと納得していた。身を焦がす激しい感情を持つことはない。それでもお互いの立場が分かり過ぎる彼女とならば、敬り合って行ける、と。
しかしそれをアスハ家のネームバリューに惹かれたパトリックが無理やりねじ曲げたのだ。
人を将棋の駒くらいにしか考えていないパトリックのことだ。アスハ家に見切りをつけた今、再びラクスを許婚者に据えることに何の躊躇いもないだろう。
だがアスランは将棋の駒ではない。感情のある人間だ。パトリックの勝手でキラに会ってしまったアスランは、それまで知らなかった『他人に恋い焦がれる気持ち』を知ってしまった。もうそれ以前の自分には戻れないし、キラのいない未来など考えられない。
とはいえパトリックにキラを会わせるには、まだ時期尚早だと判断せざるを得なかった。しかし躊躇して言葉を濁すアスランに、キラは厳然たる意思を持って首を横に振った。
「それは分かってる。でも駄目だよ。きっときみのお父さんなら新しくきみに相応しい人を見付けてるでしょ。そんなとこにまた僕がノコノコ乗り込んで行くんだから、ご挨拶くらいはしないとね。しかもその時の僕にはアスハ家のネームバリューはもうないんだから」
「────」
「だから、もう少し待ってて」
キラはパトリックに婚姻の許可を貰いたいのだ。
正直それは難しいと言わざるを得ないが、今はキラの方から“待ってて欲しい”と言わせたことに満足しよう。




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