味方




「お陰でお祝いを言うのが遅くなってしまいました。流石に直接顔を見て言わないとと思いまして──すいません」
少しも悪いとは思ってないだろう形ばかりの謝罪だった。
「ああ…でもあまりに次々と婚約者が変わるので、こちらも祝うタイミングが難しいんですよ。その辺の事情は酌んで頂きたいですね」
今度は大袈裟に肩を竦められる。
「それにしても名うての女タラシは違いますねぇ。こんなに次々と新しい婚約者が現れる人、ちょっといないんじゃないですか」
そして浮かべた笑顔が怖い。
これは相当怒ってるな、とアスランは次から次へと迸る嫌みを清聴する姿勢だ。

ニコルは優しげな容姿をしている。実際穏やかで目端も利く男なのだが、だからといって感情的な部分がないわけではない。怒らせればイザークのように激昂はしないものの、静かに怒りを内包し、えげつない報復を生むのがデフォだった。
それがニコル・アマルフィという人間なのだ。
そもそもザラ家と比較しても遜色ない財力を短期間で成したアマルフィ家の後継者。甘いだけの人間のはずがなかった。


「反論、しないんですか?張り合いがないんですけど」
その後もクドクドと不満を並べ立てて漸く一段落したのか、やや刺々しさの引っ込んだ口調でニコルは首を傾けた。痛いところを容赦なくつつかれてメンタルをすり減らしたアスランに、まるで悪いとは思ってないこの態度。しかし追撃がこれだけで済むのなら楽な方だ。明らかに相手がアスランだったせいだろう。
「張り合いってなんだよ…」
「言い訳のひとつくらいないんですかって言ってるんです」
「まぁ概ね間違ってないからな。反論のしようもない」
「認めるんですね。なんでラクス嬢との縁談を承知したんですか?」
「俺が了承したとでも?」
勝手にソファに腰を下ろしたアスランは、天井を仰いだ。
立ったままそれを見ていたニコルが青ざめる。
「まさか…本人の意向を聞かずに婚約なんて」
「それがあり得るんだよ、ウチは。キラの時もそうだったからな。素行が悪過ぎてロクでもない女に引っ掛かる前に、メリットの多い相手を宛がっておく必要があったんだろ。俺がそんな下手をうつはずないんだがな。ま、結婚相手なんか誰でも同じだって考えだったから、任せっぱなしにしてたんだ」
「じ、じゃあ今回の婚約も?」
「いや、それは俺が受けた」
「言ってることが真逆じゃないですか!」
同情しかけたニコルが吠えた。思い通りの反応に笑ってしまったアスランはじっとりと睨まれる。
「随分と楽しそうですね」
「いや、だってお前…。そうお約束の反応されたら可笑しくもなるだろ」
「僕は全く笑えませんけどね」
ふん、と外方を向いたニコルから、消えそうな声が届いた。
「それにキラさんだって……」
痛々しげにアスランの眉が寄った。だがアスランにキラを手放すつもりはないのだ。辛い思いをさせても、これは布石として必要だと判断した措置だ。
「ラクス嬢なら、理解してもらえそうじゃないか?」
「何を言ってんですか?」
「形式だけの夫婦でもってことだ」

「────は!?」

再びニコルの声量が上がる。こちらを向いた表情は、まるで化物を見るような顔だった。
「貴方、本気でそんなことを考えてんですか?」
「俺らの結婚なんて、家同士のメリットが最重要事項だろ。初めましてが即婚約ってケースもある。“名家”の連中も同様だから俺とキラだって最初はそうだったからな。そのせいで随分とすれ違ったりした」
「確かにそうかもしれませんが…」
ニコルが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「僕は貴方ほどラクス嬢を知りませんが、一般的に女性なら夢を持つものなんじゃないですか?結婚に対して」
「あのラクスが、か?」
「だから、一般的にって言ってるでしょ!勿論、そこにはラクス嬢も含まれます!!」
「…………そういうものか?」
きょとんと目を見開いたアスランに、ニコルは額を押さえた。キラと関わることで変わったと思ったアスランだったが、もしかしてそれはキラに対してだけだったのだろうか。
「貴方って、キラさんとその他の人っていう括りしかないんですか?」
流石にこれにはアスランも少々むっとしたらしい。
「お前は俺の味方じゃなかったのか?」
「味方とか…。強いて言うなら僕はキラさんの味方です。そもそもこんなゲス野郎によくもあのキラさんが靡いたものですよね」
頭痛を堪えるようなポーズの後、ニコルはなにかを思い付いたように晴れやかにポンと小さく手を打った。
「あ!そうか!」
「な、なんだ?」
「見方を変えればこれってキラさんにとってはチャンスだと言えなくもないですよね!」
「チャンス?」
アスランの嫌な予感を覚えつつの疑問に、ニコルは今日イチの笑顔で言い放った。




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