味方
・
「ちょ、近い──て、痛っ!」
反射的に身を起こそうとしたが、伸びてきた手に頬を抓られて悲鳴を上げる。
「こんな風に急に動いても引き攣れたかんじかするだけで、もう痛みもない。だから俺の怪我については心配いらないよ」
「べ、別に心配なんて──」
「そういうとこ、相変わらず素直じゃないな」
「悪かったね、可愛くなくて」
いくら悪態を並べても、頬を抓られたままでは迫力も半減だ。アスランの手を払い落とすと、キラは唇を尖らせた。
そんな仕草が可愛くて仕方ないと言わんばかりに微笑まれてしまって、更に顔が熱くなった。
「疑わしいなら今すぐバク転でもして見せようか」
「馬鹿でしょ」
「うん。キラ馬鹿」
「このやり取り、ありがちだよね。はぁ、もういいよ。きみは馬鹿ってことで」
「馬鹿って言うな」
「なに?この生産性のない会話」
「でも俺はお前と過ごす無駄な時間も嫌いじゃないよ。いや、楽しんでるかな」
アスランはいつでも“アスラン・ザラ”としての扱いを受けてしまう。ザラグループのただ一人の後継者として、常に気を張っていないといけない。強いていうならイザークたちといる時は気を抜いていられたが、境遇が似ている彼らとは、学生である今は敵ではなくても、やがてライバルとなるかもしれない関係だ。普段はそこまでではないが、いざという時には明確な序列があった。
母を亡くし、唯一甘えられるはずの父・パトリックは、常にアスランに“後継ぎ”として接してきた。アスランにとってもパトリックは父ではなく“上司”であり“教育者”だった。
誰にも、友人や父親にすら本音を明け渡せない。ほんの子供の頃からだから、それを不遇だとか辛いとか感じたことはなかった。
だがそれは違うのだと、キラに会って分かったのだ。
人は一人では生きられない、などと陳腐な格言に共感したわけではない。だがそれが非常に味気ないものだと知ってしまった。
二人でいることの煩わしさだって勿論ある。相手がいるということは、自分一人の考えで押し進めるのとは違って、相談や報告が必要で、時には譲れない部分で議論を戦わせる事態に陥ることもあった。いくら相手のことを理解していようと、決して100%にはならないのだ。
それでも。
“誰か”と過ごす幸福を選びたいと思った。
「だからキラがどんなに俺に負い目を持ってるとしても、俺はお前を放すつもりはない」
「~~~~っ!なにそれ、恥ずかし過ぎるんだけど!」
アスランの指の力が弛んだ瞬間、キラが思い切り上体を引いた。比喩ではなく顔から火が出そうだ。
「キラってほんと──」
「な、なに?」
「飽きないよな」
もっと近く、ぶっちゃけ寝たことだってあるのに、たかが顔を近付けただけでこの悪態だ。名前すら覚える必要がない群がる数多の女たちでも、もっと密着してきたというのに。こんな反応をされると、珍しくて可笑しくて仕方ない。
「自惚れないでよね!他人がこんなに近いことに慣れてないだけなんだから!」
居たたまれなくなったキラは悪態を吐いて外方を向くしかなかった。自分でも分かっているのだ。今時、こんなことで動揺するなど、小学生でもないのではないか、と。
しかし逆に考えて欲しいとも思う。
いくら自制しようとも自分はアスランが好きなのだ。そんな相手に距離を詰められてドキドキしない方がおかしいではないか。かつてアスランに纏わり付いていた美しい女性たちの内情など知る由もないが、彼のことを本当に好きになる前に、どうしてもスペックが目に入ってしまう。それでは“打算”が大きくなってしまい、まずは手に入れるために躍起になる。女性同士の競い合いもあるに違いない。
(駄目だ。話を変えなければ)
この考えを突き詰めて行けば、キラは誰よりもアスランが好きだという流れになってしまう。それはいかにもマズイ。
アスランが腰を上げ、元の椅子へと戻ろうと背中を向けたタイミングでキラは言った。
「と、とにかく!日常生活にそれほど支障がない程度に怪我が治ったなら良かった」
「うん」
「でもだからって僕の姉がきみを傷付けた事実は揺るがない」
「まだ言うのか」
呆れたように呟いて、アスランが椅子に腰を下ろす。
「だってきみはあのザラグループ総帥の次期後継者じゃないか。きみだけじゃなく、きみのお父さんにも申し訳なくてしょうがないよ」
キラは初めてアスランと顔合わせした時に見た、パトリックの顰め面を思い出していた。彼はずっとあの厳格で恐ろしいイメージのままだ。
しかしアスランは何でもないのとのように、あっさりと応じた。
「父上のことなら気に病まないでいいと思うぞ」
「え?だって──」
アスランの様子があまりに普通過ぎて、咄嗟に意味を掴みかねる。
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「ちょ、近い──て、痛っ!」
反射的に身を起こそうとしたが、伸びてきた手に頬を抓られて悲鳴を上げる。
「こんな風に急に動いても引き攣れたかんじかするだけで、もう痛みもない。だから俺の怪我については心配いらないよ」
「べ、別に心配なんて──」
「そういうとこ、相変わらず素直じゃないな」
「悪かったね、可愛くなくて」
いくら悪態を並べても、頬を抓られたままでは迫力も半減だ。アスランの手を払い落とすと、キラは唇を尖らせた。
そんな仕草が可愛くて仕方ないと言わんばかりに微笑まれてしまって、更に顔が熱くなった。
「疑わしいなら今すぐバク転でもして見せようか」
「馬鹿でしょ」
「うん。キラ馬鹿」
「このやり取り、ありがちだよね。はぁ、もういいよ。きみは馬鹿ってことで」
「馬鹿って言うな」
「なに?この生産性のない会話」
「でも俺はお前と過ごす無駄な時間も嫌いじゃないよ。いや、楽しんでるかな」
アスランはいつでも“アスラン・ザラ”としての扱いを受けてしまう。ザラグループのただ一人の後継者として、常に気を張っていないといけない。強いていうならイザークたちといる時は気を抜いていられたが、境遇が似ている彼らとは、学生である今は敵ではなくても、やがてライバルとなるかもしれない関係だ。普段はそこまでではないが、いざという時には明確な序列があった。
母を亡くし、唯一甘えられるはずの父・パトリックは、常にアスランに“後継ぎ”として接してきた。アスランにとってもパトリックは父ではなく“上司”であり“教育者”だった。
誰にも、友人や父親にすら本音を明け渡せない。ほんの子供の頃からだから、それを不遇だとか辛いとか感じたことはなかった。
だがそれは違うのだと、キラに会って分かったのだ。
人は一人では生きられない、などと陳腐な格言に共感したわけではない。だがそれが非常に味気ないものだと知ってしまった。
二人でいることの煩わしさだって勿論ある。相手がいるということは、自分一人の考えで押し進めるのとは違って、相談や報告が必要で、時には譲れない部分で議論を戦わせる事態に陥ることもあった。いくら相手のことを理解していようと、決して100%にはならないのだ。
それでも。
“誰か”と過ごす幸福を選びたいと思った。
「だからキラがどんなに俺に負い目を持ってるとしても、俺はお前を放すつもりはない」
「~~~~っ!なにそれ、恥ずかし過ぎるんだけど!」
アスランの指の力が弛んだ瞬間、キラが思い切り上体を引いた。比喩ではなく顔から火が出そうだ。
「キラってほんと──」
「な、なに?」
「飽きないよな」
もっと近く、ぶっちゃけ寝たことだってあるのに、たかが顔を近付けただけでこの悪態だ。名前すら覚える必要がない群がる数多の女たちでも、もっと密着してきたというのに。こんな反応をされると、珍しくて可笑しくて仕方ない。
「自惚れないでよね!他人がこんなに近いことに慣れてないだけなんだから!」
居たたまれなくなったキラは悪態を吐いて外方を向くしかなかった。自分でも分かっているのだ。今時、こんなことで動揺するなど、小学生でもないのではないか、と。
しかし逆に考えて欲しいとも思う。
いくら自制しようとも自分はアスランが好きなのだ。そんな相手に距離を詰められてドキドキしない方がおかしいではないか。かつてアスランに纏わり付いていた美しい女性たちの内情など知る由もないが、彼のことを本当に好きになる前に、どうしてもスペックが目に入ってしまう。それでは“打算”が大きくなってしまい、まずは手に入れるために躍起になる。女性同士の競い合いもあるに違いない。
(駄目だ。話を変えなければ)
この考えを突き詰めて行けば、キラは誰よりもアスランが好きだという流れになってしまう。それはいかにもマズイ。
アスランが腰を上げ、元の椅子へと戻ろうと背中を向けたタイミングでキラは言った。
「と、とにかく!日常生活にそれほど支障がない程度に怪我が治ったなら良かった」
「うん」
「でもだからって僕の姉がきみを傷付けた事実は揺るがない」
「まだ言うのか」
呆れたように呟いて、アスランが椅子に腰を下ろす。
「だってきみはあのザラグループ総帥の次期後継者じゃないか。きみだけじゃなく、きみのお父さんにも申し訳なくてしょうがないよ」
キラは初めてアスランと顔合わせした時に見た、パトリックの顰め面を思い出していた。彼はずっとあの厳格で恐ろしいイメージのままだ。
しかしアスランは何でもないのとのように、あっさりと応じた。
「父上のことなら気に病まないでいいと思うぞ」
「え?だって──」
アスランの様子があまりに普通過ぎて、咄嗟に意味を掴みかねる。
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