味方




◇◇◇◇


正式な契約書にお互いサインをし合った後、デュランダルはアスハ家が用意した車に乗って帰って行った。見送るキラの横にはアスランが立っている。


車が見えなくなるまで見送ると、キラは手持ち無沙汰さを腹の底へ押し込めて、声をかけた。
「いつまでもこんな所に立ち尽くしててもしょうがない。中へ入ろ」
「いいのか?」
「だってまだ帰る気ないんでしょ?放置してもいいけど、いつまでも立ち尽くされても困る」
素っ気なくくるりと背中を向けると、先にたって屋敷へと足を進めた。後ろから黙ってついてくるアスランの足音に全神経を集中させながら、これからどんな空気になるのだろうと考える。
自分たちのことなのに、キラには全く想像も出来なかった。




「…───、どうぞ」
キラはアスランを先ほどまでいた執務室ではなく、自室として使っている部屋へと招き入れた。物珍しさにアスランがきょろきょろと辺りを見回している。
「ちょっと、あんまり見ないでくれる?恥ずかしいから」
とはいえ室内は殺風景なものだ。一見して個人的に持ち込んだものなど殆どないと分かった。
「そこ、座って」
勿論もてなせるようなソファなどもないから、書き物机に作り付けの素っ気ない椅子を指し示す。アスランが従うのを見てキラがベッドに腰を下ろす頃、使用人がお茶を運んで来てくれた。

「ここ、お前の部屋だよな」
「そうだけど」
「だよな。お前らしい」
何が嬉しいのか、アスランは満足そうに頷きながら、止めて欲しいと言ったにも関わらず、相変わらず部屋の中を見回している。キラは眉間に皺を寄せた。
「それ、どういう意味?」
「アスハ家当主の自室だっていうのに、屋敷で一番質素な部屋じゃないのか?」
「この家にはあんなに一杯美術品があるのにって?勿論この部屋にも山ほどあったけど全部片付けてもらった。そんなのあったら却って落ち着かないし、今さら贅沢なんて柄じゃないしね。別に狙ったんじゃなくて、持ち込む身の回りの物なんて元々そんなになかったから、結果的に殺風景な部屋になっただけだよ」
唯一値がつきそうな物は机に置かれた高性能なパソコンだが、それもキラの物ではない。ここでの仕事用にアスハ家から貸与されている物で、大学で使っていた自分の低スペックなパソコンはクローゼットの中だった。
「確かに部屋の隅に彫刻があったりデカい絵が壁にかけてあったりしたら、落ち着かないだろうな、俺も」
「そういうこと。きみの部屋だって余計な物は一切ないんじゃない?物珍しさもないはずだけど、何でジロジロ見るの」
「親心?」
「いつから僕はきみの子供になったの?」
「そうだな。親子じゃなくて恋人だ」
軽快に続けていた会話が止まる。全身の血が顔に集まったのではないかと思うほど、頬が熱くなった。
「真っ赤」
「~~~~っ!う、煩い!」
揶揄かわれて、喚くのが精一杯だった。
許婚者と言われるより恥ずかしいのは何故だろう。キラが隠すように外方を向いて静かになった室内では、アスランの笑いだけが続いた。


暫くそうしていると頭の中が冷静になって来る。
「…────、傷の具合はもういいの?」
一番触れたくない、だが一番気がかりなことだった。
「カガリ嬢に負わされた怪我のことか?」
「っ!巻き込んじゃって、しかも僕を庇って怪我させるなんて、ずっと申し訳ないと思ってる。謝って許されることじゃないけど、何度頭を下げたって──」
「その話は終ったはずだ。お前は怪我をしなくて済んだし、俺もそう何度も感謝しろとは流石に図々しくて言えないぞ。今となってはお前を守って出来た誇らしい傷だとは思ってるけどな。それに悪いのはお前じゃなくて物騒な物を持ち出したカガリ嬢だろ」
「でも!きみが倒れた時、僕は目の前が真っ暗になった!」
「…………」
「血が流れて──止まらなくて!このままきみの目が覚めなかったらどうしようって!!」
「それは…悪かった」
「どうしてきみが謝るの!」
滅茶苦茶だ。ただヒステリックに喚いているだけ。
折角、逢えたというのに。

それがこんなにも嬉しいと感じる心など、早く奥底へ沈めてしまわなければいけないのに。


アスランが音もなく立ち上がり、近付いてくるのが気配で分かった。でも動けなかった。
「キラ?」
呼ばれても顔なんか見られない。呆れたような短い溜め息が聞こえて、キラは増々身体を固くした。
「なんで俺が謝るのかって?そんなのお前を不安にさせたからに決まってんだろ!」
「!?」
突然、ひょいと視界にアスランが現れて、息を飲んだ。
アスランがしゃがみ込んで、無理矢理キラの俯いた視線の先に割り込んで来たのだ。





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