味方





「おや、お邪魔だったかな」


キラがなけなしの罪悪感に苛まれ、アスランを振り払えないでいると、不意に扉が開いた。現れたのは美術品を検分しに行っていたデュランダルだ。

音がするほどの勢いで離れたアスランとキラに、場の空気が微妙なものになる。
「悪かったね。一応ノックはしたんだけど…」
ポリポリと頬を掻きつつばつが悪そうに謝罪したデュランダルだが、実際はそれほど気まずさは感じてないようだ。そういうところは二人に比べて大人な対応が出来るのだろう。
「いえ、気付かなかったこちらが悪い」
普通に考えてデュランダルがノックもなしに扉を開けるとは思えないから、自分の感情に振り回されて聞き逃したに違いない。不自然にならないようゆっくりとキラと距離を取りながらアスランが辛うじて応じると、来客用のソファに勧められてもいないのに腰を下ろしたデュランダルが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ほう。ノックに気付かないほど何に気を取られてたのかな?」
「~~~~っ!」
瞬時に真っ赤になったアスランとキラに、示し合わせたようだなぁと微笑ましくなった。
「別に構わないけどね。入って来たのが私で良かった、のかな?」
一体どこまで知っているんですか?と聞きたくなったが、そういえばそもそもデュランダルとレイは義理とはいえ親子という関係だ。キラとの仲を聞かされている可能性が高い。が、突然のことにその辺の事情を思い出せないのか、キラの処理は追い付いていないようだ。
「で?“商品”の検分は終わったんですか?」
敢えて話を逸らしながら、アスランもデュランダルの対面へ移動した。キラが渡していた美術品の目録を受け取って捲る。
「流石アスハですね。品数だけでもかなりのものだ。目利き、なんて俺には出来ませんが、価値が認められればかなりの金額になるに違いない」
「この国の美術品が外へ流れることはこれまであまりありませんでしたから、希少価値も上乗せして行こうと思ってます」
「いいですね」
それ以上揶揄かうつもりはないのか、デュランダルも仕事の話に乗って来てくれた。
「本当ですか?」
頭を切り替えたキラも安堵の息を吐いた。見積もったよりも額が大きければ、それだけ影響を及ぼしてしまう人たちに分ける金額を増やすことが出来るだろう。
「後は私の腕次第ですが、期待していてくださっていいかと思います。そもそも見積り額が低いですから、こちらもハードルが低くて助かってますしね。勿論精一杯のことをさせてもらいますが」
最後の台詞は“レイの紹介だったから色を付ける“という意味ではない。高く売れればそれだけデュランダルの取り分も増える。あくまでも商売であるところに重きを置いたシビアな言葉だった。
「有難うございます」
キラにとってもビジネスライクな方が気楽だった。素直に礼の言葉が出る。
「キラもこっちへ来いよ」
執務用の椅子に座ったままだったキラにアスランが手招きする。会話が出来ない距離ではないが、導かれるままにアスランの隣へ座った。
そのまま暫くなごやかな雰囲気で雑談が続く。主にデュランダルの国についての話題だった。




◇◇◇◇


ふと談笑が途切れた時、窓から入る日の光がオレンジ色を濃くしていることに気付いたデュランダルが、腕の時計で時間の確認をする。
「ああ、もうこんな時間だ。長居してしまって申し訳ない」
「ほんとだ、楽しくて時間を忘れてましたね。他国の話は大変興味深かったです」
つられるように棚の上の置時計を見たアスランが応じた。
しかしキラは紅茶のカップを持つ指をピクリと揺らしたまま、固まって動けなくなった。
楽しかった。知らないことを知識として得ることは。

アスランと、間近で笑い合うことが。


これで別れてしまえば、もう次にいつ会えるか分からない。いや、もう二度と会うことなどないのかもしれない。元々それほどまでに遠い人なのだ。アスラン・ザラという人は。

自分の感情に一杯いっぱいになってしまったキラは、デュランダルに観察するような視線を向けられているのに気付かなかった。
「そろそろ私は帰らねばならないのだが…」
俯いたまま声を聞いたキラは、それはそうだろうな、と思う。早く車を用意して、彼らを見送らなければいけない。でも、動き出せなかった。
しかし続いたデュランダルの台詞に、驚いて目を見開いた。
「きみはどうする?」
「残ります」

「────え…?」


今回アスランはデュランダルの随行者である。ならばデュランダルの用が済めば、当然共に帰ってしまうのだと思っていた。
しかしさらりとそれを否定したアスランは、キラに苦い笑みを向けた。

「とはいえ、当主殿に追い返されれば、それもかないませんがね」




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