味方




しかしアスランからしてみれば、そういうキラの勝ち気な部分も気に入っている要素のひとつなのだから、寧ろ大歓迎だった。
「残念だが華美な彫刻や絵画も歴史ある書物なんかも、俺には全く価値が分からないからな」
「大部分の普通の生活してきてる人たちには、あまり接する機会なんかないものだしね」
その辺は当然、キラもアスランも同じだ。文化の違いがあっても、デュランダルも同様だろう。
「じゃなんでわざわざ付いて来たの?」
「それを聞くのか?」
「きみだって暇なわけじゃないでしょう?それともウチの美術品売却の仲介に興味が出た?僕が言うのも変だけど、ザラ家が介入するほどの金銭的旨味はないよ」
尤も、莫大な利益を得られる取引きだったとしても、キラがアスランに話を持っていくことはなかったが。
「確かにな」
即座に肯定したアスランは流石だ。デュランダル程度の規模なら小さくない利益を保証出来るが、ザラ家とは違い過ぎる。無論この取引を予めちゃんと精査しているから出る台詞で、揶揄ではなく蔑んでいるでもなく、ただの事実として言っている。
「俺の目的は美術品じゃない。お前だよ、キラ」

分かっていても言わないで欲しかったというのが素直な感想だ。しかも目を逸らすことすら許されないほど、真正面から真っ直ぐな瞳で。
いつの間にかアスランとキラの距離は、執務用の机ひとつ分になっていた。見上げた先にはいつだってキラを駆り立てる、曇りない翡翠の瞳。

「───欲しい…」
「え」

その目が見開かれたことで、キラははっと我に返った。口を押さえて下を向く。ジワジワと恐ろしいスピードで顔に熱が集中する自分に、舌打ちしたくなった。
(嘘でしょ!?今、声に出てた!?)
「え、キラ…今の、どういう」
「わ、忘れて!てか聞かなかったことにして!!」
「欲しいって何を?」
(もう!話を聞いてよ!忘れてって言ったじゃん!)
アスランが誤魔化されてはくれないのだと、キラは腹を括った。というか半ば自棄くそになって吐き捨てた。
「きみの瞳!ずっと綺麗な星みたいだなって思ってて、欲しいなって!」
「へぇ」
自分の目に指を持って行きつつ、アスランが悪い笑みを浮かべるまでをつぶさに見せられた。
「星ねぇ。そんな風に思っててくれたんだ」
「べ、別にいいでしょ!?それに誰だって綺麗なものは欲しいと思うに決まってる!」
「じゃあ自分のものにすればいいだろ?」
「ほえ?」
「というか、とっくにお前のものだよ」
傍らまで歩み寄っていたアスランに、優しく抱きしめられた。変な声が出てしまうほど吃驚したが、包まれた匂いに次第に心が安らいで行く。

これでは駄目なのに。



「アスラン!は・放して!」
身を捩って腕の中から抜け出そうとする。しかしここで言う通りにするアスランではない。
「嫌だね。やっと捕まえたんだ」
「やだったら!」

「逃げないで──!」


突然の悲痛な声に抵抗するキラの動きが止まる。抱きしめられているから表情は見えないが、回されている腕が僅かに震えているのが分かった。


「……僕はきみから逃げたりしないよ」
辛うじてそう言ってはみたものの、アスランがその腕を緩めることはなく、ひたすら首を左右に振るばかりだった。ついさっきまで強気の発言をしていた彼が、今はまるで幼子のようだ。どうにか宥めようと頭を働かせるが、大好きな人の体温と香りに包まれている現状では、到底上手い言葉が浮かぶとは思えない。



“逃げた”と言われれば、確かにそう受け取られても仕方なかった。

姉のカガリがアスランを傷付けたのは疑いようのない事実であるし、その実弟でありあまつさえ許嫁を下ろされた立場の自分が、ザラ家の大事な後継者であるアスランに嫁ぐ未来など最早絶対に望めないだろう。その大き過ぎる現実に打ちのめされないよう、先手を打って予防線を張ったのだ。
カガリの罪状を言い訳にして、アスハの人間である自分がアスランの側に居続けるなど、自分で自分が許せないのだと。


でも本当のところは違う。ただキラが臆病なだけだ。
もし乞われるまま再びアスランの隣に立って、身のほども弁えず思い上がってしまったら。その後でやっぱり相応しくないとザラ家に拒まれてしまったら、きっともうどうやっても立ち直れない。
アスランの気持ちを疑っているのとは違う。しかし反面、残念ながら人の心は良くも悪くも移ろうものだ。出会った当初はあんなに反発したアスランとの婚姻を、いつしかこの上なく幸せなことに感じていたように。

過去の辛い経験から、キラは心を明け渡した相手に拒絶されるのを極端に恐れている。そのくらいなら拒まれる前に、自分から離れてしまう方がマシだと思ってしまったのだ。

キラが“逃げた”のはアスランからではない。
自分の恐怖と向き合うことから“逃げた”のだ。

アスランの気持ちを置き去りにして。





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