味方




悪い癖だと思いつつ、相手が食いついてくるような台詞を選んでしまう。
「ところで、今日レイは来てないのですが、代役を連れて来てるんですよ」
「え?その方はどこに?」
「すいません。一緒に来る予定だったんですが、どうにも忙しい人でね。後で合流することになってます」
「では家人に伝えておきますね。そういえば貴方の帰国、随分と早まったそうですけど…」
全てのスケジュールを把握しているわけではなかったが、今回デュランダルがこの国に来た理由はレイに会うのがメインだったはずだ。そうそう仕事を放り投げて他国に滞在、というわけにはいかないだろうから、折角の機会にもっとゆっくりとした予定を組むのは容易に想像出来た。
「実は貴方との商談以外にもうひとつ面白い案件に当たりましてね。繰り上げて帰国するのは、そちらの準備を整える必要があるからです」
何しろ予定外だったもので、と呟くデュランダルの表情は満足そうだ。余程その案件とやらが気に入ったらしい。
「勿論、こちらの商談がメインであることに変わりませんがね」
「いえ、僕も貴方に扱って頂けるのには感謝してますから」
「誠心誠意努めます」
予定外とはいえデュランダルに新たな商談を断れなどという権利はキラにはない。彼だって商人だ。キラが独占していいわけがなかった。


それからも暫くは美術品が並んだ長い廊下を延々と進んだ。最初こそデュランダルから質問を受けて答える形を取りはしていたものの、キラだって決して詳しいと胸を張れるわけはない。都度古参の従者に用意させた資料を読んでいたキラだが、まどろっこしくなって彼に手渡してしまった。元々デュランダル用に準備した目録のような資料だったから、二度手間が省ける。以降、それまでの質問がなくなったため、お互い無言で進むことになった。時々彫刻や絵画の前で立ち止まって真剣に検分するデュランダルに、歩調を合わせるだけだった。


「残りは各部屋に置いてあった美術品を纏めてこの部屋に移動しておきました」
長い廊下の果ての小部屋のドアを開けて入室を促す。まるで納戸の如く詰め込まれた品々にデュランダルが目を剥いた。
「これは壮観ですね。ひとつひとつの確認には骨が折れそうです」
「すいません。もっと整然と並べられれば良かったんですが」
「嬉しい悲鳴ですよ。それにこちらの都合で予定を早めてしまったのです。正直ここまで多いと思ってなかったというのもありますが、貴方が謝る必要はありません。今日は私も予定を入れてませんから、時間が許す限り見せて頂きます」
言いながらも既にその目は釘付けになっている。相変わらずキラにはいまいち良さが分からないのだが、埃っぽくなった小部屋の窓を開け、せめて邪魔をしないよう席を外しておこうと考えた。
「では僕は別室におります。お連れの方がおみえになったら、こちらへご案内すれば宜しいですか?」
いつの間にか側に控えていた使用人にお茶の用意を命じつつ、デュランダルを伺う。デュランダル本人も特別美術品に造詣が深いわけではないと言っていたし、この国の物については尚更門外漢だろう。てっきり専門家に声をかけたのだと思っての提案だったのだが、返事は意外なものだった。
「いえ、連れも私と同様、あまりこういったことには詳しくないと思います。助言を乞うことはないでしょう」
「はぁ、そうですか」
では何故“連れ”とやらはここへ来るのだろうか。疑問が頭を掠めたものの、来れば自ずと分かるだろうと、キラは執務室に引っ込むことにした。




◇◇◇◇


色々と表現を変えたところで、アスハ家という存在は一般家庭とは違うのが現実だ。一言に“取り潰す”といっても、長年の様々な柵みをほどいて行かなければならない。親類への根回しや他家への挨拶もその内のひとつだが、こちらはしきたりに明るい使用人に助けてもらって八割がた終えている。
残るはやはり資金面の問題だ。アスハ家のつてを使って依頼した司法書士の資格を持つ調査員は、膨大な資金に大汗をかきながら数日前から泊まり込んでかかりきりになっている。


執務室へ入ると、その調査員が古そうな書類の山に埋もれそうになりながら、一枚一枚目を通しているところだった。一応当主専用の書斎で、不在の間に他人を入れるなど言語道断なのだが、キラにそういった拘りはない。使用人たちは良い顔はしなかったが、重要書類などはこの部屋に集約されているのだから、わざわざ運び出して検分するよりも、ここで作業するのが効率的だとキラの方から提案したのだ。
その彼に労いの声をかけてから、執務椅子に座る。勿論その机にもキラの決裁を待つ書類が山積みにされていた。
溜息を噛み殺し、その一番上の書類を手に取ると、丁度資金関連の報告書だった。




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