味方




「帰国する前にもう一度アスハ家の当主と顔を合わせる予定があるのだが」
「そのようですね」
デュランダルは中々この国まで出向いてくるわけにも行かないためだ。安くない商売相手であるにも関わらず、下手をすれば二度と直接会う機会はないかもしれない。間にレイを挟んでいるとはいえ、希薄な関係性に少しでも補填しようとするのはごく当然の流れだった。
「そこにアスラン・ザラを同席させるのはどうだ?」
「────言い出すんじゃないかと思ってました」
レイは盛大な溜め息を吐いた。わざとらしいだろうかと躊躇したが、反対するつもりはなさそうだ。キラの幸せを願うという言葉に嘘はないらしい。
「安直過ぎるか」
「別に。キラさんが喜ぶならそれでいいんですけどね。ただ…それって同時にアスラン・ザラを喜ばせることでもあるでしょう?あの男の味方をするみたいで、そこが業腹なだけです」
「……………ふ、ふふ」
「普通に笑ってもらっていいんですよ」

許しを得たデュランダルは、遠慮なしに豪快に笑わせてもらった。




◇◇◇◇


件のキラとの会合はアスハ邸で行われた。売り買いする実際の品々を直接目で見て確めておきたかったのだ。聞きしに勝る豪邸に、それなりに場数を踏んでいるはずのデュランダルも正直腰が引けたものだが、出迎えたキラに「他にも匹敵する家はいくつかあります。ウチが特別というわけじゃありませんよ」ととりなされ、どうにか落ち着いた。
客間へ案内されるまでの長い廊下には所狭しと美術品が並んでいる。然り気無いが、一見して分かる歴史のある品々だ。
おのぼりさんよろしく辺りを見回すデュランダルに、先に立って歩くキラはくすりと笑みを溢した。
「今日はレイ、来なかったんですね」
敢えて商談とは無関係な話題を提供する。ずっと無言というのも変に気詰まりで、世間話の一環として振った。
「あまりしつこくして、嫌われるのを心配したんじゃないかな」
自分から撃っておいて被弾した。“世間話”として出すには、相応しくなかったなと後悔してももう遅い。
「…───、レイから何か聞いたんですか?」
「私は一応彼の養い親なのでね。尤も口は重そうでしたが」
デュランダルとレイの間で恋バナが盛り上がる場面など、正直想像が出来ない。精々何故わざわざキラを助けるためにデュランダルを紹介したのかを突っ込まれ、仕方なく話して聞かせた程度のものだろう。
(それに…僕が後ろめたく思うのも、なんか違う気がする)
ふったとはいえ、いやふった方だからこそ、重苦しい気分になるのはレイに対して失礼だ。羞恥や後悔といったマイナスの感情は、ふられた方こそが持っていいものだ。
「別に…レイに会いたくないなんて思いませんし、今回貴方を紹介してもらって、彼には本当に感謝してますから」
「そう思ってもらえたなら、あの子が骨を折ったのも無駄じゃなかったですね。是非とも直接言ってやってくれませんか」
爽やかに言われて、薮蛇だったかもと後悔する。自ら進んでアスランと別れたなどと知られれば、レイがどんな反応をするか分からない。
「えーと…チャンスがあれば」
積極的に会うつもりはないのだと丸判りなキラの様子だが、デュランダルはそれ以上首を突っ込むつもりはなかった。少し聞き齧った程度で余計な口出しは控えたい。これは彼らの問題で、自分の過去の恋愛を当てはめるものではないからだ。
が、この後の展開を考えて、これだけは言っておく必要があった。
「レイはきみに幸せでいて欲しいと言ってたよ」
「────どういう意味ですか?」
キラがデュランダルの台詞に含むものを感じたのか身体を固くする。然り気なさを装ったつもりだったが自分もまだまだだな、と呑気に思った。
「そのままの通りだよ。そして言ったよね。私は養い子の願いには、滅法弱いんだ」
開き直った種明かしだったのだが、増々難解な言い回しになったらしい。とうとうキラは目を丸くして首を傾げてしまった。「そんなだから貴方は胡散臭いって言われるんですよ」と養い子のクールな声が脳裏を過る。実際の商売が始まる前に、大事なパートナーに不信感を抱かせるのは如何にも悪手だ。もう少し彼らの素の表情を見てみたかったが、デュランダルは出し惜しみするのを諦めた。
「私の経験で恐縮ですが、どうしようもなく苦しい時は、独りで抱え込む必要はない。たまには差し伸べてくれる手を取ってみるのもいいんじゃないですか。要は心の持ちようです。通りすがりの赤の他人でも、思わぬ味方になるかもしれない」
「はぁ…」
やはりキラは不得要領に頷くだけだ。何だかサプライズを仕掛けるようで楽しくなってきた。




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