味方




デュランダルがあの会合の場に生けてあった花が鈴蘭だと知ったのは、数日後のことだった。
会合の様子を聞きたがったレイになんとなく話したところ、憶測ではあるものの形状の特徴から間違いはなさそうだ。一般客お断りの敷居の高い店には、あまり相応しくない素朴に過ぎる花(デュランダルもそう思った)のようだが、おそらくは季節感を出すもてなしの心の一環なのだろう。
花のことなど全く門外漢のデュランダルに、鈴蘭は素朴で可憐な見かけに関わらず毒があると聞き、何故ニコルと重なったのか理解した気がした。本能とは恐ろしい。

そんなデュランダルの複雑な内心など知る由もないレイは、すぐに花の話題から興味を無くし、アスランの話を聞きたがった。請われるまま答えていれば、最後は口を閉じて考え込んでしまった。見れば急に帰国が決まったデュランダルの準備を手伝う手まで止まってしまっている。
「…───ザラ家の次期総裁がアスハ家の当主の元許婚者というのは先に聞いていたが、お前がそんなに彼らを気にする理由を聞いてもいいか?」
何気なさを装って尋ねると、レイの方も思い出したように準備を再開しながらさらりと答えた。
「そうですね…。ヤマト先輩──アスハ家当主のことですが、実は俺、彼のことが好きだったんです」
「ほう」
「驚かないんですか?」
目を見張った養い子は幼く見えるが、レイもそういう年頃だ。それほど意外な告白ではない。自分にも確かに覚えのある感情なのだ。レイはほんの子供の頃から妙な落ち着きのある子供だった。そんな彼でも、振り回されるのが恋という感情なのだろう。
“らしくない息子”の喜怒哀楽を側で見守りたかったなぁと、デュランダルは少々年寄りくさい感想に陥った。
(いや、私では的確なアドバイスのひとつもしてはやれなかっただろうがな)
たった一度の甘酸っぱい過去を反芻する。かつて恋人だったあの人は、結局生まれた時から決められていた許婚者と結婚し、今では幸せに暮らしていることだろう。同じ業界に身を置いているため、噂で一人息子に恵まれたとも耳にした。
選択を誤ったとは思わない。これで良かったのだ。だが──


もしもあの時、デュランダルがもっと彼女を引き留めていたら。


デュランダルはレイに気付かれないよう小さく息を吐いて、浮かんだ女の面影をかき消した。避けていたせいもあってか、最近では近況すら知る術もない。仮に知ったとして、今更どうすることも出来ないし、するつもりもないのだ。自分の気持ちはさておき、もう終わった話である。

「もう私がとやかく口出す段階ではなさそうだね」
実らなかった恋の告白に拗ねている様子はあるが、レイに後悔している感じはないのがせめてもの救いだと思う。
「そうしてもらえると助かります。ただ…在り来たりですが、ヤマト先輩には幸せになって欲しいんです」
言い切ったレイには何の気負いも衒いもない。少なくとも彼の中でアスハ家当主への恋情は綺麗に昇華されているのだろう。それが少し羨ましかった。
「なのにあの男ときたら一体何をやってるのか…」
レイはブツブツとアスランに対する苦情を並べ立てている。自分の愛した人を託した相手が不甲斐なければ、苛々するのは良く理解出来る。
「アマルフィの後継者とは懇意にしているらしいが、彼からも散々煽られていたよ」
可愛らしい外見からは予想出来ない、毒のある内面をチラつかせたニコルを思い出す。
「きみはどうするのが一番いいと思う?」
「そんなの決まってるじゃないですか!」
軽い気持ちで聞いたのだが、レイは意外なほど過剰に反応した。自分でも意図しないそれが恥ずかしかったのか、レイはこほんと小さく咳払いをして続けた。
「とにかく顔を見て話すことが大事だと思います。ヤマト…キラさんっておとなしそうに見えて、気が強い一面もあるんです。俺はあんまり接する機会はありませんでしたが、アスラン・ザラはその反対で、あまり強気に出られないタイプに思えました。もしもキラさんの方から切り出した別れなら、あの男が覆すには相当の努力が必要でしょう」
「待て待て。仮にもザラ家の次期総帥だぞ。しかも彼が後を継げば確実にザラグループは更なる発展を遂げると評判だ。そんな男がまさか」
「ええ。確かにその評価も彼の一面ではありますね。ですがいざ懐に入れた相手に対しては、考え過ぎて強引なことが出来なくなる。だからこその現状なんだと俺は想像しています」
「成る程ね」
レイの言い分を丸飲みするわけではないが、もし色恋ごとになると途端に腰が引けるのならば、年頃の男と比較しても随分と奥手なのではないか。この恋がアスランにとって初恋なのだと思いもしないデュランダルは、不謹慎にも少々楽しくなってしまった。




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