味方




「お前には感謝しなければいけないな」


キラが車に乗り込んで走り去るのを見送り、尚も暫く経った後、店の前に佇んだままデュランダルは後方に控えるように立っていた養い子へと声をかけた。
名残惜しそうにテールランプを眺めていたレイは、漸くデュランダルへ視線を戻したが、振り返ったわけではない彼の漆黒の髪が見えただけだった。しかしどんな顔をしているかくらいは想像がつく。
「そうでしょう。きっと気に入ってもらえると確信してましたよ」
「ほう。どんなところが?」
僅かに背後を向いたのは、レイの言葉が意外だったからかもしれない。ただ、デュランダルの口許はレイの予想通り、穏やかな笑みを刻んでいた。
「貴方は頭がいい人間が好きでしょう?」
「お前も含めて、か?」
デュランダルは混ぜ返す台詞で満足げに笑って、すぐに大真面目な表情になった。
「自己評価が低いところは、やや物足りないがな」
「否定はしないんですね」
「そうだなぁ」
言うかどうか躊躇ったような間が空く。レイは急かすことなく静かに続きを待った。別にどうしても彼の口から聞かなくても構わなかったからだ。

結局、デュランダルは話す気になったようだ。
「頭の良さや商売のアレコレを除いても、彼には共感出来る部分もあるようだからね」
「───、そうですか」
デュランダルにかつて愛する相手がいたことは、レイも薄々感付いていた。レイがデュランダルに引き取られたのは、その相手と結ばれないなら他の人を選ぶ意思はないと決めたせいだ。はっきり聞かされていないのは、レイに余計な気を遣わせたくないからだろう。

キラはアスランへの想いを持て余し、捨てられないでいる。
“共感出来る部分”と表現したのはおそらくそこで、だからレイもそれ以上は突っ込めなかった。
「お前はどうなんだ?彼のことが好きだったんじゃないか?」
「勿論、好きですよ」
アッサリと肯定したのが意外だったのか、デュランダルが目を見開いた。滅多に見られないリアクションに和まされる。
「そうでなければわざわざ仲介なんかしません」
「お前ならそうだろうな」
対外的にはそれなりにしているが、レイには“大事な人“と”それ以外”の明確な線引きがある。心を砕くのは専ら“大事な人”に対してであり、安い同情で動くことはなかった。
しかしキラに抱く感情については、彼自身もカテゴライズが難しいようだ。普段はクールにしているレイが年相応に見えて、デュランダルは何故だか胸が温かくなる。

答えは、レイ自身が出せばいい。
敢えてデュランダルは再びキラを乗せた車が去った方角に視線を戻した。



「彼が誰かの手を必要とした時、私で良ければ助けてあげたい、と思わせる子だったのは──間違いないかな」



最大限の賛辞だ。この短時間でデュランダルからこの言葉を引き出すキラは、やっぱりただ者ではないとレイは思った。




◇◇◇◇


「この度はご婚約されたそうで、おめでとうございます」


ニコニコと満面の笑みのニコルに、アスランはげっそりとして肩を落とした。




父・パトリックの名代でとある音楽ホールの様子見をしてこいと命令を受けてから、嫌な予感はしていたのだ。


アマルフィ家は文化方面に特化した家柄だ。昔ながら──というほどの歴史はないものの、才能のある人間を幼い内から発掘し、経済状態に関係なく彼らが持てる力を如何なく発揮出来るよう、財力を注ぎ込みサポートしている。与えるだけでなく、そうすることで立派な音楽家となった者とエージェント契約を結び、利益を得られるという側面もあった。勿論、利点はそれだけではない。音楽や絵画というものは歴史の長い国のそれに触れることで、より一層造詣が深くなる。才能アリと発掘した若者を積極的に海外へ留学させる過程で有力な伝手を作り、自身の企業にとってもプラスになるよう立ち回っているのだ。
蛇足だがアマルフィ家の人間も何かしら突出した才能を持っていた。幼い頃からピアノに慣れ親しんでいるニコルに至っては、プロ裸足の腕前だったりする。
ザラ家やジュール家も海外に名を知られているが、こと文化面に於いてはアマルフィ家に一歩及ばなかった。

企業は大きくなればなるほど、社会貢献的なものを求められる。アマルフィ家の文化活動の資金繰りを考慮するのはジュール家で、ザラ家は多大な資金提供を行うことで、貢献しているという形を取っているのだ。

尤も金を出している以上、定期的に状況をチェックする必要がある。が、世間体のための対策にわざわざ当主が出向くこともなく、代理が訪れて今後の方針や要望などを話し合っている。
今回は勉強を兼ねてアスランが行くことになったのだが、果たして迎えてくれたのは次期当主であるニコルだった、というわけである。




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