再会




「初期投資だよ。将来私の右腕として有望だと思ったからに決まってる。お前は優秀だし、私は慈善事業に興味などないからね。今回もビジネスとして有益だと判断したから来ただけで、お前の頼みだったから特別扱いしたわけじゃないよ」

レイはキラを安心させるためにと身の上話を始めたたのだろうが、デュランダルは気持ちがいいくらいビジネスライクである。レイとの関係性には随分明け透けな言い方をしたと思うが、それが逆に気の置けない二人の関係性を裏付けていた。
そんなデュランダルの割り切った考え方は、寧ろ信頼出来る材料になった。明らかに経験不足なキラにすり寄り、歯の浮くようなおべっかを並べる人間は大勢いるが、そんな相手はやっぱり信用し切れない。そういう輩はアスハ家の大看板を見ているだけで、余計な柵を増やすくらいなら、金銭のやり取りだけの方が後腐れがなくて余程いい。




何故こんな優良な商談があちらから舞い込んだかの疑問が解消したところで、キラは立ち上がり、レイに向かって90度に腰を折った。
「せ、先輩!?」
「本当に有難う。心から感謝します」
「っ!!」
息を飲んで頭を上げさせようとしたレイの視界の隅で、デュランダルが小さく頷いた。感謝を受け入れろ、という意味だった。
そこで初めて自分のやったことがちゃんとキラの助けになったのだと、レイは純粋に誇らしくなった。

いつかキラの力になれればいいと漠然と思ってきたのだ。陰ながらでも、キラに気付かれなくても、自己満足に過ぎなくても構わなかった。
結局はキラの顔見たさにノコノコと姿を現してしまったが、結果的にキラがにデュランダルを信用する材料になったようだし、そのくらいの減点はあっても許されるだろう。


「恙無く纏まった商談に、まずは乾杯といきましょうか」
「そうですね」
いつの間にかレイの手元にもグラスが置かれていて、デュランダルの音頭で小さく掲げる。一口で分かる上質なシャンパンは、まだあまりアルコールに慣れてないレイにも抵抗のない円やかな甘さがあって、それでいて嫌な後味の残らない爽快感を併せ持っていた。キラが口にしたグラスの中身と同じように見えるから、見た目通り彼は酒に強くないのかもしれない。

「まだ時間も早いですし、もう少し具体的な話まで進めておきたいのですが」
「そうしてもらった方がこちらとしても助かります」

なるべく早く現金化したいキラと、多忙なデュランダルの利害が一致して、二人が込み入った話を始めたのを、レイはおとなしく眺めていた。紹介はしたがそこから先に口出すつもりは最初からなかった。デュランダルの影響で多少知識はあるものの、たかだか学生の身でそこまで自惚れていない。

ただそうして順調そうに進む会話を流し聞きしていたら、ふと解消し切れない蟠りが思考を占めて来た。

終始和やかな調子で商談を一段落させたらしいキラが、そんなレイを見て目を丸くした。
「どうかした?随分厳しい顔してるけど。あ、ごめん、退屈だったかな」
まるで小さな子供扱いされて絶句するレイに、デュランダルが笑いを噛み殺す気配がする。
放置されて拗ねるとか流石にないと否定したいが、そこはキラのことだ。ただ純粋に出た台詞なのは間違いなくて、だからここ困る。毒気を抜かれるというか、まぁ惚れた弱みも多分に含まれるのだろうが。
仕方なくレイはごほんと小さく咳払いして強引に気分を変えた。
「いえ…そうではなく。ただ貴方の許婚者であったザラ家の嫡男はなにをしてるのかと考えていただけです」
直球で来られてキラに動揺が走った。チャンスとばかりにレイは畳み掛ける。
「直接介入は出来なくても、やり方は色々あったはずでしょう?それでなくても彼の悪友連中には金持ちというか、規格外の成金が数名いる。彼らも貴方とは親しくしていたと思いますが」
「…───、うん、まぁそうだね。彼らには良くして貰ったよ」
本当にね、と付け足した呟きは寂しげに震えていた。
「図々しい話だけど、今でも僕は彼らをかけがえのない友人だと思ってる。でも彼らにとってはどうしてもアスランあっての僕なんだよね。自分から手放しておいて、力を借りるなんて流石に無理でしょ」
「────」
「だから彼らの力を借りないで、これは僕が自分でどうにかしないと駄目なんだ」
明らかに無理をしていると分かる笑みを張り付けて、キラは言った。しかし直後になにか思い当たったらしい。ペロリと小さな舌を出した。
「あ、でもそれを言っちゃうと、この商談もなかったことにしないと、かな?きみの力を借りたことになるもんね」
「それは正直、困りますね」
否定の言葉はデュランダルからだった。
「まだ契約書を交わしてませんが、既に私の頭には色々とこの後の算段は出来てますから」
先の先を読んで手を打つのは、当たり前のことだ。商品の対価を手にしてそれで終わりのキラと、デュランダルではスタンスが違う。売れる宛があるからこそ、今回こちらへ出向いて来たのだ。




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