再会




しかし男は少しも気を悪くした素振りを見せず、控え目な調子でクスクスと笑っている。意図が掴めずにキラはこてんと首を傾げた。
その仕草があどけない子供のような可愛さで、他者の心を惹き付けるのだと、知らないのはキラ本人だけだったりする。
無論その効果はデュランダルにも遺憾なく発揮されたのだが、生憎それをあっさり教えてやるほど真っ直ぐな性格ではない。ただ無用な警戒もして欲しくなくて、謝罪に対してはしっかりと首を横へ振っておいた。
「どうかお気になさらず。それで私は貴方のお眼鏡にかないましたでしょうか?」
キラが“値踏み”していたことまで見抜きつつ、鷹揚な態度は崩さない。
残念ながら本音を綺麗に隠す男の真意を暴くスキルはキラにはなかった。
「質問があれば受け付けますよ。可能な範囲でお答えしますよ?」
何枚も上手の男に促され、どうせなら駄目もとで聞いてやろうと腹が決まった。
「では、今回の話ですが……。どなたかのご紹介、とかですか?」
「どこの馬の骨とも知れない相手に大事なお品を託すのは不安ですか?」
「そういうわけでは──」
「いいえ。お気持ちは分かります。そうですね……私の国には古いものに価値を見出だす習慣があります。長い年月愛でられてきた物に対する畏怖と敬意、とでも言いますか、上手い言葉は見つかりませんが。そういう土壌で育った私にもそれなりの目はあると自負しています。まして名だたる名工の作となれば尚更でしょう」
「ええ。実はそういう部分も心配はしておりましたが、貴方の国にそういった文化があることは付け焼き刃なりに勉強はしましたし、信頼してお任せ出来る方に会えたのは幸運でした。ですのでどなたかの紹介であったのなら、その方にもお礼を申し上げねばと思ったのです」
「そういう意味でしたか。ならば私も仲介者に礼を言わねばなりませんね。貴方が誠実なお方で私も嬉しく思いましたから。いかがでしょう。ここに呼んでも構いませんか?」
ひとつ疑問が解消した。やはりこの男との出会いは偶然などではなく、誰かを介して実現したものだったのだ。
「いらっしゃってるんですか?是非お会いしたいです」
「本人は顔を出すつもりはなかったようですがね」

キラは自分の“協力者”になり得る人間を思い浮かべた。自慢ではないが味方になってくれそうな人物はそう多くない。そしてその全てはアスラン絡みという惨憺たる現実に少々落ち込んだ。努めて他者との繋がりを持たないようにしていた報いなので、自業自得ではあるのだが。
そうしてキラがやや自己嫌悪に陥っている間に、デュランダルは「失礼」と断りをいれ、誰かに連絡を取り始めた。ほんの短いやり取りの後、携帯をしまいつつ、成果を報告される。
「車で待機しておりましたから、すぐに参りますよ」
「あ、でも嫌なら無理にとは──」
礼を言いたいのは本心だが、デュランダルは顔を出すつもりはなかったのだと言っていた。計らずもこちらの都合を押し付けた形になってしまって、今更ながら気が咎めた。
「大丈夫ですよ。そもそも会いたくないというのなら、ここまで付いて来る必要はないでしょう。一体なにを意固地になっているのか知りませんが、今だって貴方の方が会いたがっていると聞いた途端、あっさり方針を転換しました。本心は会いたくてウズウズしていたんですよ、きっと」
「────、はあ…」
思わず中途半端な声が出た。


キラはニコルたちが噛んでいるなら、この話を断ることも視野にいれていた。アスランを諦めた自分が、彼らにここまでしてもらう理由がない。そんな心理を察せない彼らではないから、もしもニコルたちならば商談が纏まるまで正体を明かそうとはしないはずだ。

しかし予想に反して“仲介者”はここへ来るという。そんなに熱望されるほどの相手など、やはり心当たりがない。デュランダルに聞けば教えてくれるかもしれないが、どうせすぐに誰なのか分かる。それから対処すればいいだけだ。



「…………早いな。もう来たようですよ?」
デュランダルが気配に気付いて扉へ視線を移した。声には隠し切れない笑いが滲んでいる。V.I.P.用のこの個室は店の一番奥に位置していて、車で待機していたのなら、確かにかなり早い到着だ。

それにしてもデュランダルの“仲介者”に対する口調が、随分砕けているように感じる。余程親密な仲なのだろうか。


躊躇うように一呼吸置いて、小さく扉がノックされた。どうぞ、とデュランダルに促され、薄く扉が開いた。店員に案内を請う暇も惜しんだらしく、“仲介者”が入室する気配。
後方に位置している扉へとキラも固唾を飲んで振り返った。


「あれ?きみ、」


少しだけバツの悪そうな顔でペコリと頭を下げたのは、かつてキラに仄かな想いを寄せてくれていた、後輩のレイであった。




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