再会




しかしこれ以上踏み込むのは、流石に控えなければとも思う。主従の関係だからというわけではなく、年配者の余計な口出しは時にミスリードを招く。それだけは避けたい。
生涯の伴侶だけではなく、アスランにはちゃんと自分が納得する選択をしてもらいたいのだ。正しくても例え間違っていても。
幼少の頃からのお抱え運転手は、その程度にはアスランに愛情を持っているのだ。



「新しい許婚者の方が気のおけないお相手のようで宜しゅうございました」
「───?そうじゃなくて、」
「そろそろ目的地に到着致します。このままお送りするので宜しかったですか?」
「え?あ、ああ」
「畏まりました」
わざと会話を断ち切った。多少無礼かと気が引けたが、アスランもそれ以上突っ込んでくることはなく、静かになった。仕事へとスイッチを切り替えたのだろう。

やがて彼らを乗せた車は、コンクリート製の冷たい建物の中へと吸い込まれて行ったのだった。




◇◇◇◇


(デュランダル商会…か)
キラは指定された店の個室で、事前調査の資料を反芻していた。

デュランダル商会とは、アスハ家にある古美術品をかなりの値段で買い取ってもいいと名乗り出てくれた会社だった。
代表者の名を冠した件の商社は、最初に耳にした通り本社は海外にあるらしい。様々な物の輸出入を仲介することで利益を得る──というのがキラの知る商社の生業だが、しかしこの会社は商社と名乗るには些か心許ない小規模さで、時には社長自ら買い付けに世界中を飛び回ることもあるようだ。フットワークの軽さには敬服するが、反面、任せても大丈夫なのかと不安が残るのも事実だった。
確かに金は必要だ。しかし自分でも驚くべきことに、お荷物でしかないと思っていた古美術品の数々をぞんざいに扱われるのは気分が悪かった。だからこそ足元を見て不当に安い見積もりを出してくる買い取り業者に敢えて難色を示し、保留という形を貫いてきたのだ。
対して聞いたこともなかったこの商社の条件は、驚くほど悪いものではなかった。価値に見合った値段を提示してきたし、なんなら古美術品が誰の手に渡ったのか、追跡情報も差し障りのない範囲で開示してもいいという。まぁキラとてそこまでは望まないが、いかんせん外国人に作品の価値が伝わるのかと問われれば、そこは疑問を禁じ得ない。
そもそもオークションにかけるなど大々的に売り出していたわけでもないのに、情報をどこで知ったのだろうか。
一方的に調査するだけでは分からない細々としたことを、キラは知りたいと思った。そんなキラの心情を察したかのような、あちらの方からの「一度会ってみたい」との申し出だ。いかがわしいと思わないでもないが、命を取られるというわけでもないだろう。会うくらいならと了承し、今日に至ったのだ。



「お連れさまがお見えです」
小声で告げられて思わず背筋が伸びる。無意識に膝の上で拳を握った。
「お通ししてください」
音もなく開いたドアからは、長身の男が現れた。長く伸ばした黒髪を後ろで束ね、資料によれば30代前半のはずだが、見た目は20代でも充分通じる。あまり威圧感のない風貌に、キラはほっと息を吐いた。
「遅くなりました。ギルバート・デュランダルと申します。この度はアスハ家のご当主にわざわざご足労頂いて恐縮です」
恭しく頭を下げられて、キラは慌てて立ち上がった。
「こ、こちらこそ。有難いお申し出を頂き、感謝しております」
深々と下げた頭を戻し、どちらからともなく腰を下ろした。

始まった食事に適度に手をつけつつの当たり障りのない会話が続く。与えられた時間を無駄にしないよう、キラはまず男をじっくりと観察することから始めた。
所作は美しく、こういう場に慣れているのか、全く気後れしている様子はない。心地の良い低音の静かな口調。口許の笑みは崩さず、食事の邪魔をしない程度の豊富な話題提供には舌を巻いた。
(敵わないかも)
そう思った自分に苦笑する。腹の探り合いが苦手なのは今更だ。
(しかも別にこの人は敵ってわけじゃないんだし)
そう自己暗示をかけやや無理矢理リラックスしようと息を吐いたタイミングで、男がピタリと手を止めた。絶対狙ってやっている。
「私に何か気になるところがおありですか?」
真正面からにっこりと微笑まれて、いつの間にか凝視してしまっていたことに気付いた。
「あ!すいません!!失礼しました!」
初対面の相手をジロジロと見るなどあまりに不調法だ。キラこそこういった商談の席には不馴れなのだから、もっと気を付けていなければいけなかった。彼はこちらにとって破格の条件を提示してくれている相手だ。機嫌を損ねるなんてご法度だと分かっていたのに。本当に自分はいつまで経っても要領が悪いと、自己嫌悪に陥った。




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