再会




「そろそろ、失礼して構いませんか?」
アスランが腕時計を見ながら断りを入れて来た。

最近のアスランはパトリックの仕事に随行したりして、かなり忙しくしているのだ。少し前のように自堕落な時間を仲間と過ごす機会はめっきり減り、仕事を覚える方に神経を注いでいた。疎遠になったというのではない。イザークたちにしても、そろそろ後継ぎとしての勉強を始める時期なのは同じだからだ。

最初から「一時間だけ」と条件を付けての邂逅だった。まさかラクスがアスランの事情を考慮して一時間と言ったのだと思ってもいないし、そこここで目にする普通の恋人のようには行かなくても、それなりに楽しい時間を過ごせると期待していたなど想像もしていないのだろう。目の前の男は。
「確かにそろそろお約束のお時間ですものね。わざわざご足労頂いてありがとうございました」
頭で考えるより先に、そんな台詞が溢れ出た。まるで感情のこもらない声だったと自分でも思うのに、アスランは全く気にならなかったようで、早々に椅子を鳴らして立ち上がる。
「お送りしましょう」
“その他大勢”の女ならアスランのこの言葉で天にも昇る気持ちになれるのだろうが、今のラクスにとっては残酷以外のなにものでもなかった。
「いいえ、お気になさらず。近場に車が控えております」
「そうですか。ではこれで」

あまりにもあっさりとアスランは踵を返した。会計を終え、結局一度も振り返ることなく、店を出て行く。
ラクスはその後ろ姿を見送れなかった。
店のドアについているベルが可愛らしい音を立てたことで、アスランが出て行ったのを背中で認識する。その後もラクスはひたすらポツンと残ったコーヒーカップを凝視し続けたのだった。




◇◇◇◇


アスランは迎えの車に乗り込んで、シートに深く体を預けた。仕事の時、アスランは自分の車を使わない。今日はこのまま子会社に向かう予定にしていたから、家の車で来ていたのだ。

それにしても疲れた。あのおそろしくファンシーな店のせいか、それともラクスの言葉の意味を計りかねたせいか──。
アスランにとって彼女は未知過ぎる存在なのだ。


「随分とお早いお呼び出しでしたので、少々驚きました」
いつもの運転手が話しかけて来たのを、半ば反射で答えた。
「そうか?伝えた時間通りだったはずだが」
「予定通りでしたからこそあまりお待たせすることなく迎えにあがれて、こちらとしては幸運でしたが、お話が弾めば時間などすぐに過ぎてしまうものでしょう?」
「話が弾む──?俺が会っていたのはクライン家のラクス嬢だぞ?」
「────」
訪れた不自然な沈黙に、アスランはバックミラーを見た。彼もアスランを見ていたらしく、ミラー越しに運転手と視線が合った。表現し難い、微妙な目をしていた。
「なんだ?」
「あ、いえ。失礼致しました」
鏡越しに主人を見るなどあまり褒められた行為ではない。ただアスランも彼には少なからず親しみを感じているから、咎めたりするつもりはなかった。


暫く車内は無言のまま、車は目的地を目指して走行を続けた。移動中のアスランは仕事の資料に目を通す時間に当てている。それを知る運転手は邪魔にならないよう敢えて口を噤んだのだが、まるで普段と変わらずパソコンを開くアスランに、些か複雑な気分になった。
「────だから、なんだ?言いたいことがあるんだろう?」
物言いたげな気配に、アスランが液晶から顔も上げずに切っ掛けを作ってやると、運転手も腹を括ったらしかった。
「クライン家のご令嬢ほどのお相手でも、他の方々と変わりないんだな、と思いまして」
しかしアスランには全く意図が伝わらなかった。暫く熟考してみたが、結果は同じだった。
「すまない。言われている意味が分からないのだが」
だから素直に聞いてみたのだが、運転手は不敬にあたると承知していながら、再びバックミラーに視線を移した。二度見というやつだろうか。

その時運転手の脳裏に浮かんでいたのは、亜麻色の髪の青年だった。華奢な身体つきをしていてどこか頼りない雰囲気なのに、印象的な紫の瞳には常に前を見続ける強い光があった。決して純粋培養ではなく、不平等さや理不尽さを受け入れて、でも屈することなく顔を上げるしなやかな強さ。
彼について詳しくは知らなくても、重ねた年齢の分、そのくらいのことは読み取れた。そしてその瞳が、未だアスランの心を掴んで離さないことも。
きっとアスランの“特別な場所”は、あの彼で占められているのだろう。この若い主人がそれに気付いているかどうかは知らないが。
彼はアスランに、何よりこれからのザラ家に相応しい青年だと思っていた。この若い主人に必要なのは同族ではなく、全く別のタイプなのだと。そしてその役目が果たせる相手はそうそうどこにでも転がっていない。




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