再会




随分のんびり構えていると思ったら、まだ聞かされてなかったとは。
「わたくし、貴方と婚約したそうですわ」
結局、客寄せパンダにされたあのパーティで、アスランのめぼしいお相手は見付からなかった。だからラクスにお鉢が回って来たのだと察してもいいと思うが、そもそも件のパーティの本当の意味に気付くこともなかったアスランだから、はっきり言われないと分からないのかもしれない。
因みに大々的なお披露目などしない。あれは相手が名家だからこそ意味がある。しかも結婚ならまだしも婚約だ。パトリックなら仕事を優先するのかも、と記憶の中にある顰め面を思い描いた。
うん。いかにも有りそうだ。

それでも思うところはあった。
どれだけ優先順位が下がろうと、やっぱり結婚となるとラクスにとって人生の一大イベントだ。ぞんざいに扱われるのは業腹である。名家と縁続きになれなかったのはそちらの落ち度で、ラクス自身の価値が下がったわけではない。
なのに多忙を極めるパトリックにとっては、最早ラクス共々眼中にないということか。失礼過ぎる。

しかしそれをここで言っても意味はない。
パトリックに対する敵意に似た感情を無理やり腹の底へ押し込んでいると、対面のアスランからその努力を嘲笑うような発言が聞こえた。
「ああ…その話ですか」
一瞬何を言われたのか分からなかったラクスは、絶句して目を見開くしかなかった。
あからさまに不自然な間が空いたのに、そもそもラクスの反応になど興味はないのか、アスランは平常運転だ。
「聞いてますよ。あと父は顔を合わせる場を設けようと言ったんですが、俺の方から断りました。貴女とは昔馴染みですし、わざわざ時間を割く必要性を感じませんでしたから」
「そう…ですか」
ラクスはまるでうわの空でポツリと溢した。

漸く少しだけ頭の中が整理されてきた。
蔑ろにされて怒りを向ける対象は、パトリックではなくアスランだった。幸いなことにパトリックより距離の近いアスランなら、文句のひとつもぶつけ易く、少なくとももこちらが溜め込まずに済む。彼の意識改革には至らなくても、だ。

だが何故だろう。罵倒するパワーが一向に湧いて来ない。それどころか高揚していた気分が、急に萎んでしまったような感覚だった。
ああ、そうか。と原因に思い当たる。
自分はショックを受けているのだ。

ならば、何故だろう。


ラクスの明晰な頭脳は、直ぐ様理由を追及し始めた。急がなければと焦ったのは、ともすれば顔を上げていられないほど、萎れてしまいそうだったから。
ここで俯いてしまうのは、プライドが許さなかった。

似た境遇で結婚した夫婦を見て、あんな風になれたらいいと確かに思っていた。しかしそれは期待の8割程度で、後の2割ではちゃんと意識の共有を拒否された場合の覚悟もしていた。リスク管理は幼少の頃から叩き込まれている。
ならば思考の及ばないところで他にも何かを期待していたのかもしれない。無意識なのだからこれ以上考えても無駄だ。分かっていても、一度走り出したラクスの思考は勝手に答えを探して動き続けた。

そしてついにひとつの可能性にたどり着いてしまった。同時に愕然とした。


好きなのかもしれない。
アスランのことが。



蔑ろにされても、怒るどころか哀しくなった。それは自分ではアスランの感情を露ほども揺らがせないのだと突き付けられたのと同義。


ざわり、と全身が総毛立った。
多分、このままアスランと結婚したとして、恋情が生まれるなど以ての他で、ラクスが望む“穏やかな関係”すら手に入らない。いや多分ではない。確実に得られないだろう。
何故ならばアスランにとって生涯の伴侶は“あの名家の青年”と”それ以外”にしか分類されないからだ。

勿論アスランとて人間だ。気持ちが変わることはある。
長い年月が経てば、あの青年のことを忘れる日が来るかもしれない。

(でも、だからといって、わたくしがアスランの“特別な場所”に入れるというわけじゃない)


寧ろ、可能性は低かった。既にラクスはアスランの中で“戦友”のカテゴリーに入っている。イザークたちと同じだ。
それが誇らしかった。アスランにとって取るに足らない頭の軽い女たちとは明らかに一線を画す扱いに、優越感を持っていなかったといえば嘘になる。例えどんな意味でも、アスランの特別であれば満足していたのだ。それでいいと思っていた。だけどさっさと気付くべきだった。自分と他の女たちを比較した時点で、アスランに対する特別な感情があったのだと。


なのに“戦友”のラクスでは、アスランから同等の想いを返して貰える術は、きっとない。




3/10ページ
スキ