再会




跡継ぎとしての教育は受けてないはずだが、ラクスも“こちら側”の人間である。これまで意識してこなかっただけで、油断しようものならいつパクリとやられるか分からない。そんな考えも手伝って、アスランは再度、ラクスを促した。
「質問に答えてもらえますか?」
一転、きょとんとしたラクスは、まるで汚れを知らない幼子のようだ。どちらが本当の彼女なのか判断出来なくて、それがアスランを混乱させる。
「用がなければお会いしてはいけませんの?」
「は?」
「百戦錬磨かと思いきや…意外と鈍感ですのね。これまでは女の気持ちなど慮る必要もなかったということでしょうか」
そう言われればその通りかもしれない、とアスランは頭の片隅でかつての自分を思い出していた。なんの努力もしなくても、勝手に向こうから群がって来るのだ。相手の心理を探るというか、気を回す必要すらなかったし、それで去って行く者はあっても、代わりの誰かに事欠くこともなかった。そうやって何人もの人間がアスランの中を通り過ぎて行ったのだ。

ただ例外はいた。
アスランが自分から繋ぎ止めておきたいと思ったのは、後にも先にもたったひとり。
だが彼はアスランにとってあらゆる面で規格外過ぎて、繋ぎ止めようと培ったスキルが他の人間にも使えるかといえば、そんな都合良く発揮するわけもない。

「ああ、でもわたくしが間違っている可能性もゼロではありませんわね」
アスランがキラのことを思い出している間にも、ラクスの呟きはどんどん難解さを増していく。なぜか妙に深刻そうだったが、既にアスランの興味は失せていた。これまで通り無難なやり取りで適当にスルーしておこうと決めた瞬間、ラクスは思いもよらなかった爆弾を投下した。それも、特大の。


「ただ側に居たくて二人で会う。わたくしはそれがデートというものだと、認識しておりました」



「────────はぁ!?」



それでなくても場所が場所だ。
甲高い女性の賑わいの中で、アスランの低い声は隅々まで行き渡った。
店内に背中を向ける位置に座っていたアスランだが、十数人の女性たちが一斉に会話を打ち切り、こちらに注目したのを感じる。そんなアスランの背後へ向けて、ラクスが何でもないという意味を籠めた笑顔で応じた。


周囲が再び自分たちのお喋りに興じるようになるのを待って、アスランはギリギリラクスに聞こえる声量にまで絞って会話を再開させた。
「つかぬとこをお聞きしますが。貴女は誰と誰の話をされてるんでしょうか」
「無論、わたくしと貴方の、ですわ」
「────!?」
咄嗟に片手で口を押さえる。そうでもしないと、またも店内の客たちの耳目を集めてしまいそうだった。これ以上は絶対に避けたい。
詰めた息をゆっくりと吐き出して、「落ち着け」と自分に命令する。
「貴女のデートの定義については一般論と剥離ないと思います。ですが申し訳ない。俺が聞いているのは、貴女が何故、そのデートの相手として俺を選んだかなんですが──」
「?お互いをよりよく理解することが必要だと感じたからですわ」
噛み合っていない。残念ながら1ミリも。
「いや、そもそも俺と貴女に相互理解をする必要性、ありませんよね」
アスランにしては根気よく追求したのは、一重にこれまで彼女を女避けとして利用してきた負い目があるからだ。それになんといってもシーゲル・クラインの一人娘。
他の女たちに対してなら絶対しない努力をする理由は単にそれだけで、相変わらず彼女自身にはなんの興味もない。

ひたすら首を捻るアスランに、流石にラクスも眉を寄せた。こと恋愛関連でのアレコレがどんな風なのかは知らないが、アスランは決して察しの悪い男ではない。ラクスがここまで言っても通じないのは、彼が絶対にあり得ないことだと思い込んでいる可能性に気付く。

「あの……もしかして、パトリックさま、いえ、お父様から聞いてらっしゃいませんの?」
「───父、から?」

これは決定的だと、ラクスは深い溜息を吐いた。見事に肩透かしを食らった気分で、脱力感が半端ない。

これでも一応は頑張ったのだ。シーゲルから話を聞いて、当然アスランの方からコンタクトがあるものと高を括っていたのに、待てど暮らせど連絡は来なかった。だからこちらから誘った。知り合ってからは長くても、決してよく知っているわけではなかったから。

自分たちにはまだまだ足りないものが多過ぎる。
身を置く環境が恋愛結婚など許されないのは理解している。だが諦めたわけではなかった。
実際そうして夫婦になった人たちを何人か知っていた。彼らはちゃんと夫婦としてお互いを尊重しあっている。そこに胸を焦がすような熱はないかもしれないが、確かな愛情は存在しているのだ。

もっと他愛ない会話を交わしたりして、せめて自分たちも彼らくらいのレベルになりたいと願ったのに。




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