再会




だから殆ど無意識に口をついた。
「そういう相手と出会ったなら、どうすればいいと思いますか?…その、忘れられない人と出会って、でも一緒にはいられない人にっていう意味ですけど」
僅かに首を傾げたデュランダルに「しまった」と冷水を浴びた気分になった。辛うじて“恋人”という単語は使わなかったはずだが、これではアスランが忘れられないと吐露したようなものである。デュランダルがどこまで察しているのか分からないが、レイにはバレてしまっただろう。
一皮むけば実は未練タラタラでした、なんて、気持ちの整理はついた的な綺麗事を言った後だけに、余計に恥ずかしい。
「あの!すいません!!変なことを言っちゃって──」
あわてて言い訳するキラにデュランダルは穏やかな笑みを口許に乗せた。小さな子供を見守るような表情に、増々いたたまれなくなる。ましてやレイの顔など到底見られなくて、キラはまた逃げるように俯いた。いい加減、この逃げ癖をなんとかしないとと思ったが、視界が遮られたことで、皮肉にも普段意識しないようにしてきた現実に向き合う結果となった。

早く、早くアスランのことは過去のものにしなければならないのに。そうでなければアスランと彼が選んだ新しいパートナーを祝福なんて出来やしない。アスランは魅力的な男だ。幾らでも望んだ相手を手に入れられるのだから、キラにゆっくりと想いを昇華する時間の余裕はないはずだ。デュランダルにキラにとってのアスランのような存在がいるのなら、狡くても対処法を教えて欲しかった。

長い沈黙の後、デュランダルの声が耳に入った。


「忘れられないなら、忘れなければいいのではないかな?」



何の気負いも衒いもない、声。

当たり前のことを尋かれて、当たり前の答えを返した。ただそれだけのような。
でもそれはキラの求めるものではなかった。

「───っ、そういう意味じゃなくて!」
自分の方が言葉足らずだったくせに、伝わらないもどかしさが勝って、つい語気が荒くなってしまう。デュランダルに対して失礼だと思う暇もなかった。
「無論、私がきみの質問の意図を正確に酌み取っている保証はない。そこはお互いさまだろう?でもまぁ考えてもみたまえ。それこそ私がいい例だ。きみとの繋がりは単なる商売相手。おまけにホームベースとする国さえ違うんだから、これからも頻繁に顔を合わすことはないだろう。それでも時間の経過と共に細かいディティールなんかは忘れてしまっても、きみが私を完全に忘れることはもうないはずだ。きみにとっての私程度の存在でも、だよ?強く残った面影ならば尚更、記憶から消し去るなんて不可能だ」
「でも──でも苦しいんです!」
「うん」
あっさりと肯定されて、逆に歯止めが効かなくなった。
「思い出すたびに苦しくて哀しくて、どうしようもなくなる!なら忘れてしまうしかないじゃないですか!!」
叫んだキラは気付かなかったが、レイはデュランダルがほんの一瞬、眉を下げたのを見てしまった。常に飄々としていてあまり本心の分からない彼のそんな顔は初めてだった。
が、長い付き合いのレイが見たこともない表情だ。当然ながら隠すことにも長けているのか、瞬く間にいつもの喰えない笑みで上書きされてしまった。
「辛いくらいなら忘れたいと願うのは当たり前かもしれないなぁ。でも現実問題、それが不可能なら、私から出来るアドバイスはひとつだ。忘れなければと自分から雁字搦めにするんじゃなくて、想う心を赦してやれば少しは楽になるんじゃないかと思う。人の心は自由だからね。相手に迷惑をかけるのは論外だが、想っているだけなら構わないだろう」
言葉がじんわりと染み込んで来る。妙に説得力があるのは、デュランダルの経験に基づいたものだからだろうか。

キラは急速に尖っていたものが凪いでいくのを感じていた。
別れたら、アスランを想う心ごと消してしまわなければいけないのだと決め付けていた。それに想い続けるから苦しくなるのだと。しかしデュランダルの発想は、キラに新しい変化をくれた。
恐る恐る少しだけ頭の中で封印していたアスランの笑顔を思い出してみる。大好きな人の大好きな笑顔。今までは思い出せば即座に脳裏から消していた。それをやっぱり好きなんだと認めてみる。するとほんの僅かに心が暖かくなって、自分でも単純だな、と思った。


「──どうかね?」

自分を赦してもアスランが手の届かない人になったことは変わらない。
それを考えるとやっぱり胸は痛むけれど。

キラは確かめるように胸に手を当ててから、やがて浅く頷いた。



「僕、貴方に会えて良かったと思います」
そしてレイに向いて淡く微笑んだ。

「この人を紹介してくれて有難う」






20201112
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