再会
・
「骨董品の買い手がついた?」
家人はキラらしくない大声にも驚くことなく、コクリと首を縦に動かした。妙に神妙な顔つきなのは、きっと彼自身がまだ半信半疑なせいだろう。
「それも……全部」
無理もない。出口の見えない不況で、美術品としての価値は間違いないが、その分安い値段もつけられなかったそれらを買う好事家など、端から諦めていたに等しい。だがこちらとしては二束三文でも金が欲しかった。だから最終的には買い叩かれるのを必至で売りに出していたのだ。
まさかアスランが関わったのかと目を通した買い取った会社は、キラの記憶にない名前だった。
「…───NPO法人……?」
「一応調べた限りでは、怪しいところはありませんでした。どうやら海外に太いパイプを持ってるらしく、そちらに無償で貸与することを条件に資金を捻出したようですね。この国の骨董品は海外の方が評価は高いですから」
「ああ…」
「勿論、基本は国内での展示だそうで、所有権を海外へと譲り渡す予定はないそうです」
正直、キラには骨董品の価値など分からない。飾るだけの壺や皿などに存在意義など見出せないのが本音だった。だがウズミも大事にしていたはずの物だと思えば、確かに所有者を海外にまで広げるには少々抵抗があった。だから譲渡先を国内に絞っていたのだが、そうすれば買い取る相手が見付からないという悪循環に陥っていた。長期戦を構える時間もなくて、一応視野には入れていた海外のオークションにでも出してみようかと諦めかけていたところだった。
それなのにここへきて、あっさりと全てが解決してしまうとは。
(NPO──特定非営利活動法人)
そのくらいの知識はキラにもあった。名家の連中はそういったものを好む傾向にあるから、アスハ家当主になってからは寧ろ身近になったほどだ。例に漏れずウズミも多くの代表を務めていて、断り切れずにキラが引き継いだ法人も少なくはない。
だが多少なりと内情を知っているからこそ分かることもある。
NPO法人はあらゆる面で優遇措置があるものの、認可審査に於いては非常に厳しいと聞いていた。仮に認可を取り付けても、その後の活動にも詳細な報告義務があり、僅かでも怪しい部分が発覚すれば、直ぐ様取り消しの憂き目が待っている。
自ずと活動はかなり制限されてしまい、どこの法人も“経営”という一面を切り取れば余裕は皆無で、規模を大きくするなどまず以て不可能だ。そのため限定された地域か、精々国内での活動が精一杯である。そもそも税金対策として本業とは別に立ち上げた法人も多いと聞く。そんな名前ばかりのものが大きくなるはずがない。
しかし浅ましくも金策に奔走するキラにとって、濡れ手に泡の話なのも事実だった。
「分かりました。話を進めてもらって結構です」
「ただ…件の代表者が一度お会いしたいと仰ってますが」
「予定はこちらが合わせますから、日時を決めてください」
アスハ家の当主を継ぎはしたが、別にキラ自身が偉くなったわけではない。高い買い物の対価としては安過ぎるほどだ。
わざわざキラに会いたいという相手の目的は分からないが、一対一でというわけでもないだろう。こちらとしては大助かりだったのだから、礼のひとつも言うべきだろうと、キラはひっそりと息を吐いた。
◇◇◇◇
アスランが呼び出されたのは、白を基調とした洋風の可愛らしいカフェだった。おまけに丁度午後のお茶の時間が被ったのが悪かった。店内は満席状態で、そこここから若い女性の楽しげな声が上がっている。
場所を選んだのは“彼女”だが、時間を指定したのはアスランの方だったため文句を言えた立場ではないが、おそろしく居心地が悪い。
「────突っ込みどころは色々ありますが長居は是非とも避けたいところです。単刀直入にご用件をお聞かせ願えますか?」
持ち手がハートの形をしているティーカップに心底おぞましさを感じつつ、アスランは正面に座る、自分にこんな屈辱を与えた“戦犯”に眇めた目を向けた。
アスランがおとなしく誘いに応じ、まして敬語を使う女はそうそういない。その貴重な一人であるラクスは、不躾な申し出に一瞬目を丸くすると、さも可笑しそうにコロコロと笑った。
「ご謙遜なさらずともこういう場所も中々お似合いです。流石名うてのプレイボーイ。侮れませんわね」
「ご冗談を」
「お気付きになりまして?あちらのお嬢様など、わたくしたちが店内に入ってから、ずっとこちらを気にしてらっしゃいますわ」
アスランの恨み言など全く意に介さず、完全に反応を楽しんでいる。
「別に珍しくもありません」
切って捨てたアスランに、ラクスの笑みが質の悪いものに変わった。嫌な既視感だな、とアスランは思った。
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「骨董品の買い手がついた?」
家人はキラらしくない大声にも驚くことなく、コクリと首を縦に動かした。妙に神妙な顔つきなのは、きっと彼自身がまだ半信半疑なせいだろう。
「それも……全部」
無理もない。出口の見えない不況で、美術品としての価値は間違いないが、その分安い値段もつけられなかったそれらを買う好事家など、端から諦めていたに等しい。だがこちらとしては二束三文でも金が欲しかった。だから最終的には買い叩かれるのを必至で売りに出していたのだ。
まさかアスランが関わったのかと目を通した買い取った会社は、キラの記憶にない名前だった。
「…───NPO法人……?」
「一応調べた限りでは、怪しいところはありませんでした。どうやら海外に太いパイプを持ってるらしく、そちらに無償で貸与することを条件に資金を捻出したようですね。この国の骨董品は海外の方が評価は高いですから」
「ああ…」
「勿論、基本は国内での展示だそうで、所有権を海外へと譲り渡す予定はないそうです」
正直、キラには骨董品の価値など分からない。飾るだけの壺や皿などに存在意義など見出せないのが本音だった。だがウズミも大事にしていたはずの物だと思えば、確かに所有者を海外にまで広げるには少々抵抗があった。だから譲渡先を国内に絞っていたのだが、そうすれば買い取る相手が見付からないという悪循環に陥っていた。長期戦を構える時間もなくて、一応視野には入れていた海外のオークションにでも出してみようかと諦めかけていたところだった。
それなのにここへきて、あっさりと全てが解決してしまうとは。
(NPO──特定非営利活動法人)
そのくらいの知識はキラにもあった。名家の連中はそういったものを好む傾向にあるから、アスハ家当主になってからは寧ろ身近になったほどだ。例に漏れずウズミも多くの代表を務めていて、断り切れずにキラが引き継いだ法人も少なくはない。
だが多少なりと内情を知っているからこそ分かることもある。
NPO法人はあらゆる面で優遇措置があるものの、認可審査に於いては非常に厳しいと聞いていた。仮に認可を取り付けても、その後の活動にも詳細な報告義務があり、僅かでも怪しい部分が発覚すれば、直ぐ様取り消しの憂き目が待っている。
自ずと活動はかなり制限されてしまい、どこの法人も“経営”という一面を切り取れば余裕は皆無で、規模を大きくするなどまず以て不可能だ。そのため限定された地域か、精々国内での活動が精一杯である。そもそも税金対策として本業とは別に立ち上げた法人も多いと聞く。そんな名前ばかりのものが大きくなるはずがない。
しかし浅ましくも金策に奔走するキラにとって、濡れ手に泡の話なのも事実だった。
「分かりました。話を進めてもらって結構です」
「ただ…件の代表者が一度お会いしたいと仰ってますが」
「予定はこちらが合わせますから、日時を決めてください」
アスハ家の当主を継ぎはしたが、別にキラ自身が偉くなったわけではない。高い買い物の対価としては安過ぎるほどだ。
わざわざキラに会いたいという相手の目的は分からないが、一対一でというわけでもないだろう。こちらとしては大助かりだったのだから、礼のひとつも言うべきだろうと、キラはひっそりと息を吐いた。
◇◇◇◇
アスランが呼び出されたのは、白を基調とした洋風の可愛らしいカフェだった。おまけに丁度午後のお茶の時間が被ったのが悪かった。店内は満席状態で、そこここから若い女性の楽しげな声が上がっている。
場所を選んだのは“彼女”だが、時間を指定したのはアスランの方だったため文句を言えた立場ではないが、おそろしく居心地が悪い。
「────突っ込みどころは色々ありますが長居は是非とも避けたいところです。単刀直入にご用件をお聞かせ願えますか?」
持ち手がハートの形をしているティーカップに心底おぞましさを感じつつ、アスランは正面に座る、自分にこんな屈辱を与えた“戦犯”に眇めた目を向けた。
アスランがおとなしく誘いに応じ、まして敬語を使う女はそうそういない。その貴重な一人であるラクスは、不躾な申し出に一瞬目を丸くすると、さも可笑しそうにコロコロと笑った。
「ご謙遜なさらずともこういう場所も中々お似合いです。流石名うてのプレイボーイ。侮れませんわね」
「ご冗談を」
「お気付きになりまして?あちらのお嬢様など、わたくしたちが店内に入ってから、ずっとこちらを気にしてらっしゃいますわ」
アスランの恨み言など全く意に介さず、完全に反応を楽しんでいる。
「別に珍しくもありません」
切って捨てたアスランに、ラクスの笑みが質の悪いものに変わった。嫌な既視感だな、とアスランは思った。
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