転調
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◇◇◇◇
「そんな物語のような恋愛が現実に起こるものなんですね。あったとしてもわたくしどもには関係のない世界の出来事だと思っておりましたわ」
時折質問を挟みつつ、アスランの話を概ね静かに聞いていたラクスは、どこか夢見がちな表情でほぅ、と息を吐いた。自分の恋愛話を真顔の相手に話して聞かせる日が来るとは、どんな公開処刑だと思ったアスランだったが、話し終えてみると妙にスッキリしている。してみれば先の見えないこの恋を、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「随分と健気な方なんですね、キラさまは」
「さあ。少なくとも本人は認めたがらないと思いますが」
でもそう受け取られても仕方なかった。アスランは主に二人の関係性について話したから、キラの人となりまでは伝わりにくかったのだ。実際のキラはでしゃばりではないが、言うべきことは言うし、確固とした意思を持っている。尤もこの“確固とした意思”のせいで、アスランは現状、キラに会うことも出来なくなっているのだが。
「わたくし貴方が瀕死の重症を負ったと聞いて、てっきり女性関係が拗れた低俗な揉め事が原因だと思いましたの」
わたくしどもはそういう人種でしょう?と、ラクスが冗談めかして付け加えるのに、渋い顔で返した。
「遊び相手に本気を持ち込むタイプは選びませんでしたよ。勘違いされないよう一人と複数回会うのは避けてましたし、ちゃんとお互い割り切った関係だった」
「ご謙遜。そう思っているのは貴方の方だけなのでは?」
アスランに群がる女たちの中に、熱の籠った視線を感じたことは何度もある。アスランがそれに気付いていないはずはない。ただ敷かれたレールの上には結婚相手を選ぶ自由すらない。結婚自体がビジネスの道具と刷り込まれているアスランにとって、そんな“熱”は煩わしいだけだった。
それを変えたのは、まだ会ったこともない一人の青年。
本音を曝し合い、反発し、それでも惹かれ合って、なによりアスランに人を愛することを教えてくれた。
「キラさまは他者を愛することを知っている方なのですね」
「─────、そうですね」
キラの育った環境までは話さなかったが、確かに恵まれていたわけではない身の上のわりに、驚くほどの情の深さがある。ウズミの妾だったという母親は、余程の人格者だったのだろう。
口角を上げたアスランが、らしくなく寂しげで、流石のラクスも揶揄の台詞を飲み込んだ。というか、柄にもなく元気付けてやろうと思った。
「そんなしょぼくれたお顔では、本当にキラさまに嫌われてしまいますわよ!」
するとアスランは一瞬驚いたように目を丸くした後、がっくりと肩を落とした。
「───弱ってると分かってて、NGワードで抉ってくる辺り、貴女も大概いい性格してますよね。俺を落としたいんですか?上げたいんですか?」
「あら」
ラクスはチラリと舌を出した。そう言われれば先程散々「嫌われた」と、揶揄ったのを思い出す。慣れないことはするもんじゃない。
「勿論、上げるつもりで申し上げました」
「はぁ。それはどうも」
アスランとラクスは顔を見合せ、示し合わせたように同時に噴き出したのだった。
「貴女を選べれば楽だったんでしょうね」
一頻り笑い終えたアスランが染々と言った言葉は、確信を突いていた。
男と女で多少の違いはあるだろうが、育ってきた背景は同じだ。考え方が似ているから、多くを語らなくても通じるものがある。そもそも結婚に愛情など求めてはいなかったのだから、“楽な相手”であるのはかなり重要なファクターだった。しかもラクスはザラ家の財産やアスランの外見上のスペックだけに惹かれた空っぽな女たちとは違って、頭の回転だって頗る速い。パトリックが“名家”と縁戚関係を望まなければ、アスランの許婚者としてこれ以上ない人物だったろう。
しかしアスランはキラと出逢ってしまったし、ラクスは望まれない相手の元へは行かないと決めている。
「でも、わたくしと結婚するのはお嫌なのでしょう?」
穏やかながらもストレートに切り込まれて、思わず苦笑が漏れた。
もう、愛のない家庭を築く将来など想像も出来なかった。
「ならば打開策を考えなければ。このままではキラさまもお可哀想ですわ」
全くその通りだ。
アスランにしてもそうだが、キラの方もアスランから心を移すとは思えない。なら、彼も一生独りだということだ。
失うのを恐れて臆病になってしまうほど、愛情を欲していたあのキラに、そんな孤独を味わわせたいはずがない。自分の感情で手一杯いだったアスランにとって、目の覚めるような一言だった。
「宛てにならない誰かさんの紹介なんて待っていたら、本格的に手遅れになりかねませんね。わたくしもそう気が長い方でもないですし、自分でなんとかしてみようかと思います」
「………は?」
「ですから貴方はただ、わたくしがキラさまに会う許可をくだされば、それでらいいのです」
そう言って、ラクスは鮮やかに笑って見せたのだった。
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「そんな物語のような恋愛が現実に起こるものなんですね。あったとしてもわたくしどもには関係のない世界の出来事だと思っておりましたわ」
時折質問を挟みつつ、アスランの話を概ね静かに聞いていたラクスは、どこか夢見がちな表情でほぅ、と息を吐いた。自分の恋愛話を真顔の相手に話して聞かせる日が来るとは、どんな公開処刑だと思ったアスランだったが、話し終えてみると妙にスッキリしている。してみれば先の見えないこの恋を、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「随分と健気な方なんですね、キラさまは」
「さあ。少なくとも本人は認めたがらないと思いますが」
でもそう受け取られても仕方なかった。アスランは主に二人の関係性について話したから、キラの人となりまでは伝わりにくかったのだ。実際のキラはでしゃばりではないが、言うべきことは言うし、確固とした意思を持っている。尤もこの“確固とした意思”のせいで、アスランは現状、キラに会うことも出来なくなっているのだが。
「わたくし貴方が瀕死の重症を負ったと聞いて、てっきり女性関係が拗れた低俗な揉め事が原因だと思いましたの」
わたくしどもはそういう人種でしょう?と、ラクスが冗談めかして付け加えるのに、渋い顔で返した。
「遊び相手に本気を持ち込むタイプは選びませんでしたよ。勘違いされないよう一人と複数回会うのは避けてましたし、ちゃんとお互い割り切った関係だった」
「ご謙遜。そう思っているのは貴方の方だけなのでは?」
アスランに群がる女たちの中に、熱の籠った視線を感じたことは何度もある。アスランがそれに気付いていないはずはない。ただ敷かれたレールの上には結婚相手を選ぶ自由すらない。結婚自体がビジネスの道具と刷り込まれているアスランにとって、そんな“熱”は煩わしいだけだった。
それを変えたのは、まだ会ったこともない一人の青年。
本音を曝し合い、反発し、それでも惹かれ合って、なによりアスランに人を愛することを教えてくれた。
「キラさまは他者を愛することを知っている方なのですね」
「─────、そうですね」
キラの育った環境までは話さなかったが、確かに恵まれていたわけではない身の上のわりに、驚くほどの情の深さがある。ウズミの妾だったという母親は、余程の人格者だったのだろう。
口角を上げたアスランが、らしくなく寂しげで、流石のラクスも揶揄の台詞を飲み込んだ。というか、柄にもなく元気付けてやろうと思った。
「そんなしょぼくれたお顔では、本当にキラさまに嫌われてしまいますわよ!」
するとアスランは一瞬驚いたように目を丸くした後、がっくりと肩を落とした。
「───弱ってると分かってて、NGワードで抉ってくる辺り、貴女も大概いい性格してますよね。俺を落としたいんですか?上げたいんですか?」
「あら」
ラクスはチラリと舌を出した。そう言われれば先程散々「嫌われた」と、揶揄ったのを思い出す。慣れないことはするもんじゃない。
「勿論、上げるつもりで申し上げました」
「はぁ。それはどうも」
アスランとラクスは顔を見合せ、示し合わせたように同時に噴き出したのだった。
「貴女を選べれば楽だったんでしょうね」
一頻り笑い終えたアスランが染々と言った言葉は、確信を突いていた。
男と女で多少の違いはあるだろうが、育ってきた背景は同じだ。考え方が似ているから、多くを語らなくても通じるものがある。そもそも結婚に愛情など求めてはいなかったのだから、“楽な相手”であるのはかなり重要なファクターだった。しかもラクスはザラ家の財産やアスランの外見上のスペックだけに惹かれた空っぽな女たちとは違って、頭の回転だって頗る速い。パトリックが“名家”と縁戚関係を望まなければ、アスランの許婚者としてこれ以上ない人物だったろう。
しかしアスランはキラと出逢ってしまったし、ラクスは望まれない相手の元へは行かないと決めている。
「でも、わたくしと結婚するのはお嫌なのでしょう?」
穏やかながらもストレートに切り込まれて、思わず苦笑が漏れた。
もう、愛のない家庭を築く将来など想像も出来なかった。
「ならば打開策を考えなければ。このままではキラさまもお可哀想ですわ」
全くその通りだ。
アスランにしてもそうだが、キラの方もアスランから心を移すとは思えない。なら、彼も一生独りだということだ。
失うのを恐れて臆病になってしまうほど、愛情を欲していたあのキラに、そんな孤独を味わわせたいはずがない。自分の感情で手一杯いだったアスランにとって、目の覚めるような一言だった。
「宛てにならない誰かさんの紹介なんて待っていたら、本格的に手遅れになりかねませんね。わたくしもそう気が長い方でもないですし、自分でなんとかしてみようかと思います」
「………は?」
「ですから貴方はただ、わたくしがキラさまに会う許可をくだされば、それでらいいのです」
そう言って、ラクスは鮮やかに笑って見せたのだった。
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