転調




そんなことを真顔で宣言されるとは思いもよらなかったアスランが小さく噴き出した。茶化されたと勘違いしたラクスの目が増々眇められて、アスランは慌てて咳払いひとつで誤魔化す。
「どうやら貴女は相当変わった人のようだ」
「意味が分かりません」
「でも確かに俺はそういう心配をしないと駄目かもしれないですね。キラは本当に魅力的ですから」
「あら、ご馳走さまですわ。あと、わたくしがキラさまを奪う可能性はありませんが、逆にキラさまがわたくしに心を移した場合、貴方がフラれる可能性も視野に入れておくのも忘れないでくださいね」
「はいはい」
「…………今、なんだかイラっとしましたわ」
「それは失礼致しました」
「慇懃無礼、とはこのことを言うのですね」
「おや、バレましたか」
「白々しい」
辛辣だが、言葉遊びのようなものだ。ラクスとはいつもこうだ。お互いが聡明で、踏み込んではいけない境界線を分かっているから、会話を楽しめる。ちょっとニコルと似ているなと思ったが、妙齢の女性に失礼かと流石に口には出さなかった。

しかし───


「貴方の提案は俺にとっても大変有難い話なんですが……、残念ながら現状“報酬”をお支払する術がありません」
「まあ。どうしてですか?実は顔も見たくないほど嫌われてしまったとか」
「違います!──まぁ事情はありますが、仮に連絡はつけられても、俺と会うのは躊躇うんじゃないかな…」
「よっぽど嫌われたんですね。一体なにをしでかしたんですか」
「だから、違いますって!!」

言葉遊びだと理解はしていても、畳み掛けられると、段々気分が沈んで来た。キラに関することには本当に余裕がなくなる。
つい本気の溜め息が出てしまったアスランに、ラクスは口を閉じて小さく首を傾けた。そのまま不躾に眺めるも、アスランはその視線にすら頓着しようとしない。

これが“あの”アスラン・ザラだろうか。

噂では『ザラ家次期総帥』として、申し分ない人材だと耳にしている。“遊び”は多少派手だったようだが、彼が生まれながらに持っているものを考えれば、だらしなくなるのも分からなくもない。寧ろ、将来が決まっているのなら、自由の効く学生の内に楽しんでおこうとするのは健全だ。ラクス自身は公共の場でしか会ったことがないから、もう完全に“造られた”アスラン像しか知らなかった。計算し尽くされていてひとりの人間としては面白味がないなと思っていたが、それでラクスが困るわけではないし、退屈な場での当たり障りのない会話は時間潰しとして最適だった。それだけ無関心だったのだ。
でもここにきて思い切り見方を覆された。
別にこれまでのアスランを否定はしない。あれも彼の確かな一面なのだろうし、巨大企業を率いて行くなら、冷酷くらいが丁度いい。そのくらいはラクスにも分かる。だが幼い頃から“理想”であり続けると、どこかで歪むものだ。総帥になってからではもう遅い。だから今の内に何かがむしゃらになるものがあっていいし、それがあれば人間の幅が広がるだろう。

などと考えている内に、アスランもどうにか気分を立て直した。
「キラは……アスハ家の後継者、ですので」
まだダメージが消えないアスランの要領を得ない言葉に、んん?とラクスの首を傾げる角度が深くなった。
「アスハ家の後継者でしたら、貴方の許婚者だったのでは?……あ、その方より前、と仰ってましたか…。あら?でも──」
頬に手を当てて取り留めのない独り言を呟くラクスは、キラとカガリを混同してしまっていた。アスランにとってはキラとカガリは全くの別ものだからうっかり端折ってしまったが、共犯者に名乗りを上げてくれた相手に、これでは確かに不親切過ぎる。
「ええ。少々複雑な経緯がありまして。キラも、俺の元許婚者も、どちらもアスハ家の人間なんです」
「詳しくお聞きしても?」
一瞬迷ったアスランだったが、ラクスの提案はアスランにとっても決して悪くはない。ラクスが駄目ならパトリックはまた新しい許婚者候補を宛がってくるだろう。それは如何にも面倒だ。話すとなればアスハ家の内情に触れないわけにはいかないが、ラクスはそういった他人の醜聞を面白可笑しく吹聴して回るような人間ではない。
手段を選んでいられないアスランは、全て話してしまおうと決意した。


「長くなるかもしれませんが、聞いてもらえますか?」




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