転調




それはそれでまたもや新しい疑問が湧いた。
「だったらなぜわざわざ我が家に足を運んだんですか?俺に決めた相手がいることを、貴女はご存知だったはずなのに」
「決まってます。貴方に恩を売るためですわ」
「────、は?」
折角解りかけてきたのに、またもや明後日の発言が飛び出した。どうもラクスはアスランと違う思考回路を持っているようだ。
「わたくしと縁がなかったとなれば、パトリックさまはまた新しいお相手を探して来るでしょう。その方がどうしても貴方と結婚したいと仰ったらどうします?表向きにはその方と結婚して、本当に好きな方を愛人にでもなさいますか?」
「それは…」

多分、状況的には不可能ではないだろう。

キラはアスハを潰そうとしている。あれだけの家だ。今すぐというわけにはいかないだろうが、アスハが消えて当主の肩書きが外れたら、彼は晴れて自由の身となる。そうすれば多少の力業を使ってでも拐ってくればいいし、“日陰者”の立場に抵抗はするだろうが、置いてきたものに心残りがなければ、キラの方からアスランの側を離れたりはしないだろう。そうなるまで待つのは雑作もない。

しかしアスランは首を横へ振った。
「いいえ。キラを“唯一”に出来ないのなら、俺は一生独り身でしょうね」
「キラさまと仰いますの?では、そのキラさまが他の方に心を移しても、ですか?」
「まあ…、確かに辛いでしょうが、それはキラが選ぶ未来で、俺の決意には関係ありません」
と言えば格好いいものの、両親の事情で他人に心を許すことに極端に臆病になっているキラが、そうそう誰にでも靡くとは思えないという狡い計算も少しはあった。が、家族の縁が希薄なキラが、一生を共にする相手を欲し、静かに暮らしたいと願うなら、ザラ家次期当主のアスランでは叶えてやれそうにない。勿論、共に生きる権利を諦めたりはしないが。現在かなり無理をして騒動の渦中にあるキラが、もう他人と揉めるのはうんざりだというのなら、アスランは遠い場所から見守って行くしかないと思った。


ラクスは口許に笑みを浮かべて、アスランの答えを聞いていた。こういう時の彼女のブルーアイズは、まるで心の奥底まで暴こうとしているようで、こちらを落ち着かなくさせる。流石に読心術があるわけはないのだろうが、彼女もかのシーゲル・クラインの娘である。愚鈍であろうはずがない。
アスランとて赤の他人に易々と深淵を覗かせるのはプライドが許さない。得意のポーカーフェイスで応戦し、数十秒ほどの無言の心理戦が繰り広げられる。

やがて何に納得したのか、ラクスがひとつ頷いた仕草で、短い戦いの幕はあっけなく下りた。

「わたくしが“見合い”だと知りつつここへ来たのは、わたくしならばカモフラージュとして最適だなと思ったからです」
「カモフラージュ?」
「貴方がこれまで散々使ってきた手ですわ。他の女の方を寄せ付けないために、わたくしを利用なさっていたでしょう?貴方がその──キラさま?を心に住まわせている限り、わたくしが貴方に惹かれることはありません。貴方がキラさまを得た後で、こちらから婚約破棄する、という手はずでいかがでしょう」
「つまり…偽りの許婚者を演じてくださる、と?」
そういえばそんな話もしたなと、少々ばつの悪い思いをしつつ、アスランはあのパーティでのやり取りを思い出した。
「勿論、わたくしにメリットがない策ではありません。盛大なご褒美を期待してますもの」
そうだ。そういう話の流れだった。そしてあの時ラクスが望んだのは──。



「それなんですが……」
眉間に皺を寄せたアスランに、ラクスは心底不思議なものを見るような顔をした。
意味が分からないのはこちらの方だと言いたいのを、堪える。
「なんでキラに会いたいのか、俺には全く理解出来ないんですけどね」
「あら、そうですか?百戦錬磨の貴方の心を落とした方ですのよ。さぞかし魅力的な方だと興味を持つではありませんか」
それを否定するつもりはない。アスランがキラに囚われているのは事実だし、彼はアスランの曲者揃いの悪友どもの心まで瞬く間に魅了してしまった。
が、ラクスには関係ない話だろう。

そんな内心が顔に出てしまったのか、ラクスは拗ねたのをアピールするように頬を膨らませて嫌みを言った。


「まさか、出し惜しみですか?ならばそれこそ杞憂ですわ。わたくし、貴方からキラさまを取ったりは致しませんから」




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