転調




「わたくしもあまり繊細な神経ではないつもりでしたけれど、皆様の品定めの視線に晒され続ければ、それなりに気を張ってしまうもののようですわ」
「それは……分かります」
キラはアスハ家の当主としてこの“夜会”に初めて参加した、そう遠くない過去を思い描いた。いくら耳触りのいい言葉を並べられても、目がそれを裏切っているのでは、額面通りに受け取れという方が土台無理な話だ。

“名家”の連中はおしなべて排他的だ。外部の人間が入ってくると、例外なく今夜のラクスと同様の扱いを受ける。その点キラはまがりなりにも“アスハ家の新当主”という肩書きがあったから少しはマシだったのかもしれないが、反面スキャンダルで地に堕ちたアスハ家には相応しい妾腹の当主だと嘲笑されていたのだろう。実際、ヒソヒソと噂されているのも耳にした。とにかく陰湿なのだ。
それでも俯くわけにはいかなかった。

あまり思い出したくない過去を頭から追い出して、改めて彼女に向き合うと、真っ直ぐに見上げられていて戸惑った。
「え、と…何か?」
「失礼しました。あまりジロジロ見るのは駄目ですわね」
「駄目というか、もしかして僕の顔に何かついてます?」
片手で頬を撫でたキラに、ラクスはコロコロと上品に笑った。
「違いますわ。可愛らしい方だなと思いまして、つい見惚れたというか」
「か──?」
聞き捨てならない形容に絶句する。そのリアクションに、ラクスが可笑しくて堪らないと言わんばかりに本格的に笑い出したものだから、キラはとうとう拗ねて唇を尖らせた。
「同い年の男をつかまえて、揶揄かうのはやめてください」
かつて年下のニコルにまで言われた時は微妙な気分になったものだが、少なくとも彼は男だ。アスランを始め彼の友人たちに「どこか抜けている」と散々評されているから、そこを“可愛らしい”と表現されるのは、まぁ仕方ないかと諦められた。だが。
「可愛いとか。男を指していう台詞じゃないでしょう?それなら貴女の方がよほど──」
「あら!そういう差別はよくないですわよ」
「差別じゃありません。区別です」
「頭の回転もお早いんですね。お話ししていてとても楽しいです」
多少口調が厳しくなっても、ラクスは全く怯まなかった。反対に、毒気を抜かれるとはこのことか、とキラが項垂れる有り様である。
肩を落としつつ、こちらの台詞だとぼんやりと思う。
ラクスの方こそ、ただ頭が空っぽなミーハー女とは明らかに違った。

容姿だけでも充分美しい彼女は、ザラ家も一目置く家の生まれで、聡明かつ魅力的な女性なのだ。

敵うわけがない、と酷く哀しくなった。



「……───僕、貴女を見かけたことがあるんです」
言うつもりはなかったのに、何故かポロリと口から零れた。予想外の展開に、ラクスの瞳が驚きに見開かれる。
「まあ、そうでしたか。でもわたくしとキラさまに接点などありませんでしょう?こうしてこちらのパーティにお呼ばれするのは初めてですし」
差し障りなければ何処で見かけたのかお聞かせください、などとあくまでも遠慮がちに続いた台詞だったが、多分ラクスに引くつもりはなくて、誤魔化そうとしてもきっと無駄なのだろう。生まれた時からビジネス界に身を置く彼女だ。知りたい情報を引き出す手管で、キラに勝ち目はなかった。
言った瞬間「あ」と一瞬後悔したキラだったが、別に隠す類いのものでもないと思い直す。
「先日、ランドマークホテルで新興事業者のパーティがあったでしょう?僕、それに紛れ込んでたんです」
「ああ!客寄せパンダに呼ばれたあのパーティですわね」
「客寄せパンダ──って」
でも言いえて妙だと笑うキラを眺めつつ、ラクスはあまり良い予感はしなかった。自分を見かけたというのは、キラがアスランを追っていたからに他ならない。しかもあのパーティはアスランの“新しいパートナー”を見付ける目的もあった。彼のスペックに目が眩んで群がる女たちにキラが傷付いたとは思えないが、自分は違う。
これは決して奢りではない。
元々クライン家はザラ家と姻戚関係を結ぶのに遜色ない相手だ。実際そういう話がなかったとは言えない。アスランが遊び歩いていたのは知っているが、全くの馬鹿ではないし、少なくともザラ家を継ぐ覚悟はあった。その責任の重さと向き合う姿勢があれば、恋情はなくてもやっていけると思っていた。
だが予想以上に巨大化したザラ家当主のパトリックは、別のものを望んだ。
それが“名家”の貴重性とネームバリューである。
ビジネスライクな関係は損得勘定抜きには語れない。パトリックがアスハ家に秋波を送っていると耳にしても、特段ショックでもなかった。アスランとの間に恋愛感情はないのだから当たり前だ。




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