転調




(なんか僕って女々しくない?)

キラがそう思ったのはアマルフィ家の従者に送られて、アスハ家へ戻る車内でのことだった。
あのパーティ会場で受けた衝撃は、時間と共に徐々に緩和されている。とはいえ忘れたいのに忘れられそうもないあの光景は、しっかりと瞼の裏に焼き付いていて、気を抜けば律儀にキラの胸に絞り上げるような痛みをもたらした。


アスランの隣に自分ではない別の人が立つ。

アスランと離れようと決めたくせに、彼が選んだ人と二人並んで立つ姿を、見る覚悟が出来てなかったのは確かだ。
全く素性を知らない女性だったが、今日目の当たりにしたあの人は、彼の周囲に群がる女性たちとは明らかに一線を画していた。媚びたところなど一片もなく、ただただ自然体で。なのに凛としていて。ニコルでさえ二人が一緒に居るのを見て、表情を変えたくらいだ。

多分ニコルはキラに気を遣ってくれたのだろう。何故こんなパーティに彼らほどの人たちが出席していたのかは分からないが、アスランに女性が群がるのは想像に難くない。キラがそれを見て落ち込んだりしないように、会場から連れ出してくれた。気持ちは有難いが、キラだって不特定多数の女性に囲まれるアスランの姿くらいで、然程傷付いたりしない。喉に小骨が刺さった程度の傷にはなるだろうが、彼ほどのスペックなら周囲が放っておくはずがないのだ。多分、取り繕えた。

でも“あの人”は駄目だった。

策士(キラはあまりそう思ってないが)の名を欲しいままにするニコルが、素の感情を表してしまう相手。きっとぐうの音も出ないほど相応しい女性なのだろう。その全てがあのニコルの表情が証明していた。もしも自分やカガリが居なければ、パトリックがアスランの相手として選んだのは、あの女性だったのかもしれない。
そして、アスランも───

(だから!こういう思考が女々しいっていうの!!)
もうキラには関係のない人たちなのだ。
でもそう思い切るのも出来なくて。
結局、キラは盛大な溜め息を吐いて、がっくりと項垂れるしかなかった。




◇◇◇◇


アスランは突然の訪問者に、ただただ目を見開いて絶句するしかなかった。


あの何の実りもないパーティから数日後、家人から請われて、パトリックの興した小会社から帰宅した。一体なにごとかと逸る気持ちを抑えて戻ってみれば、そこには客間で優雅にお茶をするひとりの女性が待っていたのである。
「お帰りなさいませ。アスラン」
「ラクス……」
なるほど何の前触れもなく彼女が来たのなら、家人のあの慌てぶりも納得が行くというものだ。
「流石に驚いたんですが」
無駄に動揺させられたのが腹立たしくて、思わず苦情のひとつも言いたくなる。しかし当のラクスはきょとんとした表情だ。
「あら?わたくし、ちゃんと父を通じてこちらへ伺いたいと伝えたはずですけれど。今日を指定なさったのはそちらでしたでしょう?」
「あー…」
ならばパトリックはわざとアスランに伝えなかったのだ。パトリックなら、今日アスランが就いていたのが火急の用件ではなく、時間が空いた時に目を通しておけば事足りる類いの案件だと知っている。おまけにパトリック本人は現在海外で、勿論連絡はつくものの、わざわざ抗議するほどのものではなかった。そしてラクスはそうそう邪険にしていい相手ではない。
つまりアスランは上手くパトリックの術中に嵌まってしまったのだ。

一度天井を仰いで色々と思考を巡らせたあと(取り敢えず脳内でパトリックには思い切り舌打ちをしておいた)、アスランはポーカーフェイスを装備して、ラクスの対面に腰を下ろした。
「失礼。お待たせしたのはこちらの方だったようですね」
するとラクスは何食わぬ顔で、謝罪を受け入れた。
「とんでもありません。わたくしが無理を申し上げたんですもの。お忙しい中、お時間を頂いて、こちらこそお礼を言わなければなりません」
凡その顛末は察しているだろうに、ころころと笑うラクスが白々しい。この感じは誰かに似ているなと眉を寄せたアスランは、すぐに若草色の髪色をした悪友を思い出し、更に疲労感が増した気がした。
「それで?一体どんなご用向きですか」
ラクスとは付き合いこそ長いが、決して親しいわけではない。あくまでも“知り合い”といったところで、こうして家まで押し掛けてくるような関係性ではないのである。さっさと用件を聞いて仕事に戻った方が有意義だと判断したアスランは先を促したのだが、対するラクスは落ち着いたものだった。
「父が言っていたのは真実だったようですわね」
「は?」
ラクスの父親であるシーゲルのことは、アスランも知っている。殺伐とした経済界に於いて、比較的温厚な人物だ。だがラクスと同様、それほど親密な仲ではなかった。
そのシーゲルがアスランの何を話していたというのだろうか。




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