衝撃




そもそもこんなパーティにアスランが参加する義理はない。だが主催者側から請われ、パトリックに強く勧められて、少しは息抜きになるかもしれないと、ニコルを誘ってみたのだ。
怪我から復帰して以降、パトリックは前以上にアスランを仕事の場へと連れ回すようになった。仕事を覚えるなら早いに越したことはないから、アスランも異存はないのだが、どうも先日、アスハ家へ忍んで行ったことまでも薄々知られている気がする。何も言ってこないのが却って真綿で首を絞められているようで疲れはするが、暫くはおとなしくしていた方がいいとパトリックの言うがままにしていたのだ。

ただ、それでは自由な時間が損なわれるのも確かで。
ずっと張り詰めていた力を抜くのと、あわよくば抜け出してキラに会いに行けるのではないかという期待もあった。後者が実現する可能性は限りなくゼロに近くても、あの日、倒れたキラが心配で、一縷の望みにも縋りたかったのだ。
「分からなくもないですわ。わたくしも客寄せパンダ扱いされるのは本意ではありませんから」
パーティにそれなりの箔をつけるために出席を請われただけだと、ラクスは正確に理解している。やはり聡明な質なのだ。
「まだまだ無名の事業主たちには、こういう場は貴重なんでしょう」
アスランの無難な受け答えに、ラクスは口許に笑みを乗せた。
「ザラ家の次期後継者さまは、顔を売る必要なんかありませんものね」
「その言葉、クライン家ご令嬢の貴女に、そっくりそのままお返ししますよ」
このパーテイには馴染みの運転手ではなく、社の方から回された社員が一人と運転手が付けられた。彼らが側に寄って来ることはないが、纏わりつく視線が煩わしい。この機に乗じて抜け出したりしないよう、アスランから目を離すなとでも命令されているのだろう。そんなところまでパトリックに見透かされていて、アスランの神経を必要以上に逆撫でしていた。苛々とそちらを睨み付けたまま気もそぞろで応じてしまって、口調がぞんざいになってしまったのを、ラクスの目が見開かれてから気付いた。
「度重なる無礼、失礼しました」
「いいえ。仰る通りですから」
ラクスは直ぐにいつもの表情に戻って、あっさりと謝罪を受け入れた。

顔を合わせれば立場上エスコート役はアスランになるのが常態化しているが、特別親しい間柄ではないというのが、ラクスの認識だった。ラクスから見るアスランは、常に理性的でスマートだ。一部の同じ境遇の友人とハメを外しているという話も耳に入って来ても、ラクスには関係なかったし、寧ろ同年代の男ならそのくらいが普通だとすら思っていた。こういった場でしか会わないラクスが、取り澄ましたアスランしか知らないのは当然だ。ラクスが“そう親しくない”と思っていたように、アスランにとってはラクスも“素を見せる相手”ではなかったためだろう。不思議なことではない。
だが皮肉にも今日少しだけ綻んだポーカーフェイスに、今でなかった興味が湧いてしまった。
「ですが宜しいのですか?このような場所へ来られるのを嫌がられるのでは?」
「───は?」
話を変えられただけでなく、こう端折られては、アスランも付いていけない。
「それとも貴方を信頼してらっしゃるということでしょうか」
しかしラクスはフォローするでもなく、勝手に続けてしまう。アスランは完全に置いてけぼりだ。
ポカンと口を開けたまま一向に応じないアスランに、ラクスが焦れた。

「心に決めた方がいらっしゃるのでしょう?」
「はあ!?」

青天の霹靂とはこのことを言うのかと思い知るほどの衝撃だった。
あり得ない大声が出てしまって、慌てて手で口を塞ぐ。見回した視線の先では“ラクス効果”でやや遠巻きにしていた数多の女たちばかりか、かなりの末席までのパーティ出席者までが驚いた表情でこちらを振り返っていた。
「何でもありませんわ。皆さま、どうか歓談をお続けになって」
衝撃の冷めやらないアスランに代わって、ラクスがにこやかに促した。あくまでも穏やかに、しかし抗えない力が籠っているのは、彼女の上に立つ人間としての資質の現れだ。それに従うように、一人またひとりと、招待客たちは元の会話へと戻って行く。尤もアスラン目当ての女たちは相変わらず全神経をこちらに向けているようだが。
「惚けなくても構いませんわ。随分と可愛らしい方だとか」
彼女たちには聞こえない声量で言うと、ラクスは冷やかすような瞳で見上げて来た。“可愛い”という形容から、ラクスにリークしたのはディアッカだろうと当たりをつける。大方、アスランの参加していないどこかのこういう場で会った時にでも、ペラペラと喋ったに違いない。その光景が見てきたかのように脳裏に浮かぶ。アスランは面白可笑しくアスランの内情を暴露する脳内ディアッカに向け、思い切り舌打ちしてやった。





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