衝撃



◇◇◇◇


変わらず賑わっているパーティ会場に戻った途端、キラを誘ってくれた金融会社の社員と真っ先に視線が合った。自分たちの都合にかまけてキラを放ったらかしにしていて、気付けば会場内に姿がなかったのだ。きっと焦って探してくれていたのだろう。件の社員があからさまに安堵の息を吐くのを見て、キラは自らの軽々しい行動を反省した。謝罪の意味を込めて目礼したキラだったが、共に現れた人物を認めた彼の目が大きく見開かれて、改めて無理もないかなと思った。新米である“名家”の当主(しかも急拵え)が、世に聞こえたアマルフィ家の御曹子と知り合いだなどと誰が想像出来るだろう。あわよくば紹介してもらいたいと考えているのが丸わかりで、さっきまでとはまた違った理由でソワソワと落ち着きを無くしている。
生憎キラはニコルたちとの間に極力ビジネスを持ち込みたくはなかったから、彼の要求に応えることは出来ないが、心配をかけてしまった手前、掻い摘んででも事情を説明するのが筋だと思った。
「あー・・・、ニコルさん。貴方はこんな末席にいる人じゃないですよね」
結局連れ出された理由は分からないままだったが、まずはニコルに上座に戻るよう促した。しかし当のニコルはキラの声が聞こえなかったかのように、ひたすら鋭い目を上座に向けている。
つられるように視線を移せば、明らかに周囲とは異質な一群があることに気付いた。


残念ながらこの国はまだまだ男中心の社会だ。“名家”当主の面々のみならず、これからのこの国の経済を左右するかもしれない新興会社が集まるこのパーティに於いても、参加者の殆どは男が占めている。つまり“トップ”と名のつく位置には新旧関係なく男が就いていて、かつてカガリを次期当主に据えていたアスハ家などはまだまだ少数派だと言わざるを得ないのだ。


ただ、ニコルの視線の先だけは違った。



やけに女性が多い一角がある。それも良く見ればこの周囲で少数見かける女性たちとは服装からして違っていた。
建前上はパーティという形を取っていても、参加者の目的はビジネスに直結している。パーティの花であるはずの女性たちも、流石にスーツでこそないものの、豪華なドレスを着ている者はいない。髪もコンパクトなアップに纏められている程度だった。
だがともすれば地味になりがちなそんなパーティを、ひときわ華やかにしていると言っても過言ではない女性たちが、不自然なほどニコルの視線の先に集まっている。上座になど用はなく、緊張していた(失礼ながら女性の服装など完全に眼中になかった)のも手伝って、今まで気付かなかったのだ。

そんな女性たちの中心にいる人物が見えそうになったタイミングを計ったように、まだ傍らに佇んでいたニコルが声をかけてきた。
「キラさんはあまりアルコール、得意じゃないですよね。これ、ただのミネラルウォーターなんですけど、どうですか?」
氷を浮かべた透明の液体が差し出されれ、キラは反射で受け取った。
「パッと見、水割りと区別つきませんし、グラスが満たされてれば、それ以上お酒を勧められたりしないから、煩わしさがなくていいですよ」
と、ニコルも手にした同じようなグラスを小さく掲げた。

勧められるたび断っていては場が白ける。それを防ぐための使い古された処世術のひとつだ。勿論ニコルのそれは本物の水割りだったりするのだが、案の定、キラはあっさりと騙されてくれた。
「ほんとだ。実は毎回お断りするのが申し訳なかったんです。成る程これなら飲んでも水ですし、困りませんね」
悪戯を思い付いた子供のようにキラは無邪気に破顔する。目新しくもないただの常套手段だというのに、キラの反応はどうしてこう一々可愛らしいのだろうか。
ニコルは内心で悶えつつ、どうにかキラの気を上座から逸らすことに成功したと安堵したのだが、完全に誤魔化せるまでには至らなかった。
「いいこと教えてもらっちゃったんで、僕はもう大丈夫です。僕にも連れはいますし、ニコルさんも早く──」
キラはキラで、ニコルが席を外そうと誘ってくれたのは、場に慣れない自分を気遣ってくれたからかもしれないと思い始めていた。まだまだこのパーティを無難に切り抜ける自信などなかったが、これ以上ニコルに迷惑をかけるわけには行かない。

だから何気なく再び上座へと目を向けたキラの手から、今さっきニコルから受け取ったばかりのグラスが滑り落ちた。


例の華やかな一群の中心に居た人物が、今度こそばっちり見えてしまったからだ。



「───アス・ラ・・・」



賑やかな会場にポトリと落ちた呟きが、いやにはっきりとニコルの鼓膜を震わせた。小さく舌を打って見れば、アスランは長いピンクの髪の一部を結い上げた、清楚な女性と談笑しているところだった。




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