衝撃




ロビーに出た二人はニコルの勧めるまま、常設のカフェに腰を落ち着けた。
「…本当に大丈夫なんですか?」
誘われて来たものの、使った口実が口実だっただけに、キラの表情は冴えなかった。本気で心配してくれるキラに若干の罪悪感を覚えつつ、ニコルはテーブルにメニューを広げた。
「ありがとうございます。広間を出たら随分楽になりました。それより何を食べますか?専門店じゃありませんけど、ここのスイーツは中々のものですよ」
「いや、僕は…」
気分が良くなったなら、早く会場に戻りたいのが本音である。ニコルに会えたのは嬉しいが、まったりお茶をしている時間はないのだ。対するニコルは出来るだけキラを足止めしたかった。
「そう言わずに。僕も一緒に食べますから、ね?」
「え?気分が悪いのに甘い物なんか食べるんですか?」
「お酒を飲んだ後って、甘い物が食べたくなるんです」
突っ込まれて咄嗟に妙な言い訳をしてしまい、ニコルは微笑みの影で冷や汗をかいた。が、キラは首を傾げつつも「そうですか」と一応納得はしてくれたようで、全身の力が抜けた。ホヤホヤした雰囲気にうっかり絆されそうになるが、キラは決して油断していい相手ではない。ニコルは内心の動揺をひた隠しにして、適当なスイーツを選ぶと、キラにもあれこれと勧めるのだった。





「あの………僕、戻りますね」
期待を裏切らない味を堪能しつつ、お互いの近況を語り合った後も、ニコルに席を立つ様子はない。当然キラはそろそろ時間の方が気になってくる。ニコルの嘘に気付いたわけではなかったが、言葉通り、そう具合が悪いという感じでもなさそうで、おずおずと何度目かの打診をしてみたのだ。
それでもニコルは渋い顔を作った。
「そんなに急がなくても、夜は長いんですから」
やっぱりはぐらかされたことで、キラは漸く薄々抱いていた疑問をぶつける気になった。
「ニコルさん。もしかして、僕をパーティ会場に居させたくない理由でもあるんですか?」
「え?」
僅かにニコルの表情が強張る。
「あ、ごめんなさい。体調が悪いのを疑ってるわけじゃないんです。でも席を外すほどじゃなかったですよね?貴方は意味のないことをする人じゃないから、ずっと何でこんなことをするのかなって考えてたんです」
やっぱりキラは聡明だ。適当な嘘に騙されて流されてはくれない。そういうところがニコルの目には酷く好ましく映るのだが、今はそれが仇になった格好になった。
否定も肯定も出来ず、微苦笑を浮かべたニコルに、キラは自分の推測が当たらずとも遠からずだったのだと確信する。
「仮に僕の言ったことが図星でも、それは貴方が僕のためにやってくれたことだと思います。なら尚更、僕は逃げちゃ駄目なんです」
椅子を鳴らしてキラは立ち上がった。「もう現実から目を逸らさないって決めましたから、僕」
「キラさん!!」
踵を返したキラの後ろから追い縋るように名を呼ばれたが、キラは立ち止まらなかった。

支払いに少し手間取っている間にニコルが追い付かれたが、もう引き留める様子はなくて、芝居がかった仕草で肩を竦める。
「降参です。でも戻るなら僕も一緒です。これは譲れませんから」
こんなにあっさり見透かされることなど、ニコルにはこれまであまり経験がない。戸惑いを隠し切れず、必要以上にぶっきらぼうな話し方になってしまったが、キラはバツが悪そうにしているニコルの罪悪感を和らげるようにふんわりと微笑んだ。
「そうしてもらえると心強いです。逃げないなんて大見得を切りましたけど、やっぱり怖いですから」
こういう優しい懐の深さは、ニコルたちにはないもので、少し羨ましく思った。例え優しさなど必要のないと、自ら捨てて来たものだとしても。
(どうか傷付かないで欲しい)
苦肉の策で吐いた嘘だったが、それほど時間は稼げなかった。多分パーティ会場内の状況に然程変化はないだろう。
それでも出来るだけキラの受ける衝撃が小さいといいと願う。
もうニコルにとって、キラはアスランを介した知り合いではない。だからキラが辛い時くらい側に居てやりたいと思うのだ。

自分では役不足だと、分かってはいたけれど。




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