衝撃




(はぁ…。僕ってほんと何から何まで駄目だよね)
そう遠くない未来に無くなると耳に入ってはいるのだろうが、“アスハ”のネームバリューには、まだまだ商品価値がある。ザラ家が欲しがったように、新興会社の中には、未だアスハ家との交流を求める者も少なからずいるのは間違いない。だがその辺りの心理を理解は出来ても“アスハ家当主”としての自信がイマイチのキラは、どうしても一歩踏み出すのを躊躇ってしまうのだ。

とはいえここで身に付いた卑屈さを嘆いていてもしょうがない。
(よし!行こ!!)
味など分からない酒を舐めている場合ではないと、手にしたそれを勢いよく飲み干し、歩き出そうとしたキラは、しかし早々に出鼻を挫かれた。


「あれ?まさか……キラ・さん?」
「は、はい!」


咄嗟に大声が出てしまい、慌てて口を押さえて周囲を見渡すも、特に招待客の多く集まる上座から届いた声の主を、すぐには見い出せなかった。聞いた感じからは若い男だと直感したが、そもそもこのパーティー会場に年配者は多くない。
いや、若いというよりも、寧ろ少年と言ってもいいような…。
(いやいや、だからそれはないってば!!)
心当たりの若草の髪色が脳裏を過ぎって、首を左右に振った。しかしその否定の労力も、やがて現れた姿にあっさりと無効化されてしまった。
「ニコルさん…」
「やっぱり、キラさんだ」
想定外の邂逅だった。いや、このパーティーの面子からすれば出席していても何ら不思議ではないし、実際キラもひょっとしたらと一度は考えた(尤も浮かんだのはニコルではなくアスランだったが)。でも既に業界では有名人である彼らに参加する意味はないと、可能性を否定していたのだ。
───なのに、どうして。
その辺の混乱が顔に出てしまったのだろう。ニコルが小さく笑いを零した。
「相変わらず…可愛らしい反応をされますね」
「あ……」
内心を全て看破されて、頬に熱が集中する。ポーカーフェイスもこの一年で慣れたものと自負していたのに、彼らの前ではこうもあっさり崩れ去る。
それが更にニコルの笑いを誘った。
「すいません。僕年下なのに。でもキラさんはそういうところがいいんだと思いますよ?」
「どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味です」
ニコルの方こそ相変わらずだ。自分も含めた彼らの中では一番年下で、容姿に至っては、更に幼い印象を与える。童顔に関しては、キラも他人のことは言えた義理ではないのだが。
そんな醸す雰囲気とは裏腹に、実はニコルは大変な策略家で毒舌だ。イザークとは真逆で滅多なことで声を荒げたりしないが、怒らせると一番怖いのだと、あのアスランがボヤいていた。
そして
「お久し振りです。元気そうでほっとしました」
ちゃんと、優しい。
ふんわりと微笑んだニコルにつられて、キラの心も温かくなった。
「有難う。きみも元気そうで良かった」
笑みをたたえたままチラリと周りに視線を移したニコルは、さりげなく場所代えを提案した。
「この部屋、何だか蒸し暑いですね。ちょっとロビーへ出ませんか?」
「え?そうですか?ニコルさん、体調でも悪いんじゃ」
「そういうわけじゃ…でもそうですね。少し飲み過ぎたのかもしれません」
勿論、ただの口実だ。豪華なホテルのパーティールームの空調は完璧であるし、暑くも寒くもなく快適である。因みにニコルはアルコールには強い方で、ましてこんな場所で酔うような飲み方はしない。単に明後日の心配をしたキラに便乗しただけだった。
ただ美少女めいた二人が壁際で親しげに会話する姿は、自然と周囲の視線を集めてしまう。ニコルは自分の容姿を充分に理解していて、なんなら有利な材料として利用することもある。だからすぐに周囲の無遠慮な視線にも気付いたが、対するキラは全くの無防備なのだ。
(散々アスランに忠告を受けてるはずですけど…。まぁそんなところもキラさんらしいと言えばらしいのか)
微苦笑を噛み殺しつつ、ニコルはさりげにキラの背に手を回し、パーティールームの外へと促そうとした。だが意外にもキラは僅かに抵抗を見せた。
「あ、でも僕は…。それよりニコルさんも誰か人を呼んだ方がいいんじゃないですか?」
一瞬誘いに乗りかけたキラは、寸ででこのパーティーに出席した目的を思い出したのだ。最初、キラの姿を発見した時は驚いたニコルだが、その辺りは折り込み済みだ。
相変わらずだと思ったキラにも、それなりにアスハ家当主としての自覚は芽生えているらしい。

だがニコルにも提案を曲げるわけには行かない事情というものがある。
「ちょっとだけです。場の空気もあるし大事にしたくないんで、付き合ってくれませんか?」
ね?と可愛らしく小首を傾げ(計算だ)られて、反論の余地が奪われたキラは、結局頷くしかなかった。




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