衝撃




寝耳に水の証言だったが、妙な声が出てしまう前に、なんとか理性で抑え込んだ。それでなくても周囲の視線を集めてしまうのは宿命のようなものなのに、これ以上注目を浴びるのは是が非でも遠慮したい。
そんなアスランの心情を知ってか知らずか、ラクスはまるで当たり障りのない天気の話でもするようにさらりと続けた。
「云わば集団見合いの席だと、特にこの辺りにいる他の方々は理解してらっしゃいます。わたくしが隣を独占してますから、あからさまに近付いて来ないだけで。貴方とご一緒するのはわたくしの意思ではありませんけれど、そういった内情など皆さまはご存知ありませんものね」
「?」
「わたくしは貴方の女性避けなのでしょう?」
「…───マジか………」
ラクスの前では出さなかった砕けた言葉が零れ出てしまう。普段の愛想のいい仮面など吹き飛ぶ程の衝撃だ。まさかラクスを利用していると本人にバレているとは思ってもみなかった。聡明だとは知っていたが、ここまで筒抜けだったとは。
ラクスの深謀遠慮ぶりはさておき、徐々に落ち着いてくると、確かにパトリックならやりそうなことだと思った。
カガリの起こした事件は、アスハ家が認めてしまったため、周知の事実となっている。しかもザラ家にとってみれば今回の事態は、唯一の後継者を失うかもしれないものだった。破談が正式に伝達されることはなくても、アスランがフリーになるのは誰の目にも明らかだ。
(どうりでやけにこのパーティを勧めてきたわけだ)
パトリックはもう“名家”の連中と縁を結ぶ気はないのだろう。最初から家名が欲しいというだけの婚姻でしかなく、なければないで方針を転換すればいいだけだ。特別腹も痛まない。ザラ家の懐をあてにしていた分、アスハ家は困窮するだろうが、パトリック的には色々と譲歩してきた挙げ句が“後継者の危機”では、余りにもメリットが少な過ぎる。

少し考えれば分かる話だが、アスランも本格化してきた後継者としての教育と、なによりキラのことに思考が奪われていたため、あまり深読みしていなかったのだ。


「これで納得が出来ましたわ」
すぐ隣から聞こえた鈴のような声で、アスランは現実に引き戻された。ラクスには何の恨みもないが、思わず向けてしまったキツい視線をものともせずに、彼女は鮮やかに笑った。
「貴方が気付かなかったくらいですもの。意中のお方もきっと、このパーティの隠れた意味はご存知ないのでしょうね」
(というか、そもそも伝える手段もないんだが…)
そうは思ったが、そこまで馬鹿正直に真相を明かす必要はないと軽く考えたのが甘かった。
「ところでわたくしの要求は、その方に会わせて頂くことですから」
「は?」
流石にもうこれ以上の衝撃はないと決めつけていたアスランの思惑は、ものの見事に裏切られる。
「おとなしく貴方の盾になっていたのです。そのくらいのご褒美は貰ってもバチは当たりません」
強かに言ってのけたラクスは、クライン家の後継者の顔をしている。無論、自分すら会うのが困難なキラに会わせるなど、現状不可能だ。だが断りと謝罪を口にしかけたアスランを遮る第三者が現れた。ニコルである。
「どうした?」
そういえば一緒に出席していたのだったと思い出す。プライベートでは常時ツルんでいる仲間も、こういう場ではお互い“家”を背負っているため、比較的別々に行動することが多い。とはいえ全く会話かないわけでもなく、まぁ程好い距離を保っているのが常だ。
だから話しかけて来ても何ら不思議ではないのだが、ニコルはいつになく厳しい表情をしていた。
「このパーティ、キラさんが来てました」
ギリギリまで潜められた声を聞くなり、アスランは忙しなく左右を確認した。しかし当然その姿を見付けられるはずがない。
「何処にいる?」
つい荒い口調になったアスランに、ニコルはやれやれと言わんばかりに長い息を吐いた。
「良かったですねと言うべきでしょうか。貴方とラクス嬢を見て冷静でいられないくらいには、まだ貴方のことが忘れられないみたいですよ」




◇◇◇◇


ニコルの計らいでアマルフィ家の車に乗ったキラは、激しい自己嫌悪に陥っていた。
たかだか失恋だ。
しかもアスランと結ばれることはないのだと、ちゃんと諦めていたつもりだった。なのにアスランが隣に立つことを許す相手を目にしただけで、もう一秒もあの場には居られないと思った。
手のひらで顔を覆う。
それでも彼の姿を見られただけで嬉しかったのだ。

いつまで彼にかき乱される日々が続くのだろう。逃れられない自分が嫌になる。
手を離したのは自分の方なのに。


「いつの間にか……こんなに弱くなっちゃって」




暗鬱たる気分を嘲笑うかのように、雲ひとつない陽光の中、キラを乗せた車は静かに街を走り抜けて行った。





20190514
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