衝撃




最初こそ慣れないことの連続で、かなり疲弊したキラだったが、生来頭の回転は早い方だ。つまり要領を掴むのも早い。一度倒れるという醜態を曝してからは、特にペース配分に気を使ったのも手伝って、以降は大きく体調を崩すようなことはなくなった。まだ大学に行くほどの余裕はないものの、それなりに思い通りに作業をこなせるようになっている。




キラがアスハ家へ入って、一年が経とうとしていた。


あれからアスランからの接触は皆無だった。
期待していたわけではないはずが、相変わらず彼を思い出すと胸が痛む。それでも彼を想う時間自体は少しずつ減ってきた。時間薬とは良く言ったもので、こうやって彼と過ごした幸せな日々も、いつしか過去のものになって行くのかもしれない。

ただキラがアスランを本当の意味で“忘れる”日は、永遠にこないのだろう。

鮮血を噴き出すような生々しい傷は塞がって、いつか完全に思い出になったとしても、もう自分にはアスラン以上に誰かを愛するなんて出来ないのだと、確信めいたものがあった。それほどまでにアスランはキラの心に、深い楔を打ち込んだのだ。
分かっていながら、アスランを手放したのはキラの方だ。忘れることも縋る資格も、残念ながらキラの手元には残らなかった。


アスハ家を解体するという目標は変わらない。務めはちゃんと果たす。だがひとりの人間としては、生きながらに死んでいるような心を抱えて行くのだ。
これからも、一生。

キラははぁ、と大きな溜息をつくと、腹に力を入れて立ち上がった。
課せられた、目的のために。




◇◇◇◇


「パーティー?」

補佐からスケジュール管理まで任せている初老の男の言葉に、俄に真意を掴みかねたキラは、眉を寄せてPCから顔を上げた。
パーティーから連想されるものは、例の集まりしか浮かばない。
「僕にまたあのくだらない“夜会”に出ろって言うんですか?でも他家への根回しは終わってるんだから、もう必要ないでしょう?」
名家の連中には既にアスハ家を潰すと伝えてある。彼らは一様に筆頭であるアスハ家を失う事態に狼狽え、始めこそかなりの抵抗をしてみせたが、それこそキラの知ったことではない。アスハ家の威光に頼り切った“名家”としてのプライドなど、もろともに消え去ってしまえばいいとさえ思った。どうでもいいが彼らはアスハ家よりは格下なものの、それなりに権威を持つ別の家を祭り上げることで現在は決着していると聞いた。ここに来て未だ変わろうとしない彼らの考えには呆れを通り越して、いっそ嘲笑さえ浮かぶほどである。尤も祭り上げられたというセイラン家も満更ではないようで、建前上はアスハ家が消えることを惜しみつつ、最後の方は微妙に勧めてさえくる感じだった。この国で知らない人間はいないだろうアスハ家の後釜としての地位が、意図せず手の中に転がり落ちて来たのだから、内心でほくそ笑んでいるといったところなのか。思わぬ利害の一致によりキラも動き易くなったし、文句はないが、名家の連中はいつだってお高いプライドだけが大事なのだと確信した。尻に火がついていることなど、気付いてもいないのだろう。

そんな馬鹿馬鹿しい集いに、何故貴重な時間を割く必要ながあるというのか。

しかし初老の男は緩く首を振った。
「違います。申し上げたのは経済界が主催するパーティーで、金の工面を依頼した金融会社が、顔を売るには絶好の機会かと勧めてきたものです」
一瞬、宵闇の艶やかな髪が脳裏を過ったが、キラは即座に否定した。

ザラ家の後継者として生まれながらの揺らぎない地位を持つアスランだ。経済界に知らない人間はいないだろうし、反対に他の参加者の方がアスランに顔を売りたいくらいだろう。烏合の衆に囲まれる煩わしい場に、わざわざ出て来る理由がない。
(未練たらしいにもほどがある)
それに仮にアスランが出席していたとして、一体どんな顔をして会えばいいというのか。
もし見て見ぬフリなどされたら、キラは簡単に死ねる。勿論、身体が死ぬのではない。心が死んでしまうだろう。

一年経った今でもアスランはキラの心の生殺与奪権を握っている。




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