恋愛
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「助けが必要なら俺を呼べ。絶対駆け付けてやるから」
「だからー、ならないってば」
「変質者に限った話じゃない!何でもいい。知らないところでお前が辛い思いをするのは嫌なんだよ、俺が!」
返された言葉は完全に想定外だった。ポカンと口を開けたキラの視線に、流石に恥ずかしいことを言った自覚があるのか、今度はアスランがそっぽを向いてしまう。が、隠し切れない耳や首筋が徐々に赤く染まるのは丸見えだ。茶化してやろうかと思っても、つられて赤くなってしまったキラにその資格はなかった。しかも何か言わなければと考える前に口から零れた言葉は、素直過ぎて自分でも吃驚するもので。
「………うん。分かった」
◇◇◇◇
――――必ず側へ行くから。待ってろよ。キラ。
「…――――あす…ら……?」
大好きな甘い声が聞こえた気がして、キラは目を開けようとした。しかし妙に瞼が重く感じる。
「…………?」
早く“あの人”の自分を呼ぶ時の優しい翡翠の目が見たくて、強引に抉じ開けた視界に飛び込んで来たのは、予想に反した無機質な天井だった。その白さと無遠慮に降り注ぐ光に目を焼かれ、咄嗟に顔をしかめる。現状を把握しようにも未だ回転の鈍い思考では、俄には上手く行かなかった。まずは目を慣らそうと何度も瞬いている内に、半覚醒だった意識がゆっくりと戻って来る。
(ああ…そうか。僕、倒れたんだっけ)
眩しさの緩和に目を被おうと、無意識に上げた腕がひきつった。視線を下げると枯木のように細くなってしまった腕には、点滴が施されている。
我ながら必死だったと思う。
母を亡くし、ウズミに対抗心を燃やして勉学に取り組んだ時も無理をしたが、今回はそれの比ではない。休養など論外、食事を摂る時間でさえ惜しかった。
尤もそんな生活が長くは続かないと分かってもいたから、金の工面がついたら、一旦休まなければと考えてはいたのだ。だから金融機関から色好い返事を貰えてほっとした。
アスランが現れたのはそんなタイミングだったのだ。
「…――――さいあく」
別にアスランを責めるつもりはない。これはキラの問題だ。ただアスランがキラに与える影響力が、彼の想像以上だっただけで。
心を全てさらけ出せる相手が目の前に現れて、張り詰めていた気が思い切り弛んでしまった。
(だからあんな夢を見たちゃったのかな)
あれは何時のことだったろう。よくもあんな気障な台詞を吐けるものだと感心しつつ、あの時、自分は確かに嬉しかった。特別な日ではない日常の中で交わした会話は、取り紛れてすっかり忘れていたけれど。
(約束、守れなかった…)
苦しければ呼べと言われていたのに、結局キラが出来ることはアスランを遠ざけるだけだった。それでも彼はキラの現状を察して、側に来てくれたのだ。
あの日の約束の通り。
(やめよう…)
アスランは、母を亡くして他人に対して心を閉ざしていたキラに、惜しみない愛情を注いでくれた。一生独りで生きていくしかないと諦めていたキラにとっては思いもよらない僥倖で、まるで宝物のような幸せな日々だった。
だが流石にこんな奇跡もこれが最後なのだろう。彼の周囲には魅力的な人が大勢いるから、こんな“不良物件”に拘る道理はない。それでなくても一方的にアスランを切ったのはキラの方だ。差し伸べた手を振り払われて、怒らない人間はいない。
キラにも手の届かない相手に期待して、落胆している余力など残ってなかった。
潮時なのだ。
「……アスラン…」
だから想いは封印したはず。
それなのに思わず零れてしまった愛しい人の名前は、とても大切でありながら、同時に強い胸の痛みを伴った。
まだキラが目覚めたことは誰にも気付かれてないから、暫くはこの病室を訪れる人間はいないはずだ。
失った恋を存分に惜しむには、絶好のロケーション。零れた涙は全て寝具が吸いとってくれる。
キラは頭からシーツを被り、強く目を閉じた。瞼の裏に浮かぶ“あの人”の顔は、何故か笑顔ばかりで、胸に起こった嵐を静めるには、もう少し時間がかかりそうだった。
了
20180918
「助けが必要なら俺を呼べ。絶対駆け付けてやるから」
「だからー、ならないってば」
「変質者に限った話じゃない!何でもいい。知らないところでお前が辛い思いをするのは嫌なんだよ、俺が!」
返された言葉は完全に想定外だった。ポカンと口を開けたキラの視線に、流石に恥ずかしいことを言った自覚があるのか、今度はアスランがそっぽを向いてしまう。が、隠し切れない耳や首筋が徐々に赤く染まるのは丸見えだ。茶化してやろうかと思っても、つられて赤くなってしまったキラにその資格はなかった。しかも何か言わなければと考える前に口から零れた言葉は、素直過ぎて自分でも吃驚するもので。
「………うん。分かった」
◇◇◇◇
――――必ず側へ行くから。待ってろよ。キラ。
「…――――あす…ら……?」
大好きな甘い声が聞こえた気がして、キラは目を開けようとした。しかし妙に瞼が重く感じる。
「…………?」
早く“あの人”の自分を呼ぶ時の優しい翡翠の目が見たくて、強引に抉じ開けた視界に飛び込んで来たのは、予想に反した無機質な天井だった。その白さと無遠慮に降り注ぐ光に目を焼かれ、咄嗟に顔をしかめる。現状を把握しようにも未だ回転の鈍い思考では、俄には上手く行かなかった。まずは目を慣らそうと何度も瞬いている内に、半覚醒だった意識がゆっくりと戻って来る。
(ああ…そうか。僕、倒れたんだっけ)
眩しさの緩和に目を被おうと、無意識に上げた腕がひきつった。視線を下げると枯木のように細くなってしまった腕には、点滴が施されている。
我ながら必死だったと思う。
母を亡くし、ウズミに対抗心を燃やして勉学に取り組んだ時も無理をしたが、今回はそれの比ではない。休養など論外、食事を摂る時間でさえ惜しかった。
尤もそんな生活が長くは続かないと分かってもいたから、金の工面がついたら、一旦休まなければと考えてはいたのだ。だから金融機関から色好い返事を貰えてほっとした。
アスランが現れたのはそんなタイミングだったのだ。
「…――――さいあく」
別にアスランを責めるつもりはない。これはキラの問題だ。ただアスランがキラに与える影響力が、彼の想像以上だっただけで。
心を全てさらけ出せる相手が目の前に現れて、張り詰めていた気が思い切り弛んでしまった。
(だからあんな夢を見たちゃったのかな)
あれは何時のことだったろう。よくもあんな気障な台詞を吐けるものだと感心しつつ、あの時、自分は確かに嬉しかった。特別な日ではない日常の中で交わした会話は、取り紛れてすっかり忘れていたけれど。
(約束、守れなかった…)
苦しければ呼べと言われていたのに、結局キラが出来ることはアスランを遠ざけるだけだった。それでも彼はキラの現状を察して、側に来てくれたのだ。
あの日の約束の通り。
(やめよう…)
アスランは、母を亡くして他人に対して心を閉ざしていたキラに、惜しみない愛情を注いでくれた。一生独りで生きていくしかないと諦めていたキラにとっては思いもよらない僥倖で、まるで宝物のような幸せな日々だった。
だが流石にこんな奇跡もこれが最後なのだろう。彼の周囲には魅力的な人が大勢いるから、こんな“不良物件”に拘る道理はない。それでなくても一方的にアスランを切ったのはキラの方だ。差し伸べた手を振り払われて、怒らない人間はいない。
キラにも手の届かない相手に期待して、落胆している余力など残ってなかった。
潮時なのだ。
「……アスラン…」
だから想いは封印したはず。
それなのに思わず零れてしまった愛しい人の名前は、とても大切でありながら、同時に強い胸の痛みを伴った。
まだキラが目覚めたことは誰にも気付かれてないから、暫くはこの病室を訪れる人間はいないはずだ。
失った恋を存分に惜しむには、絶好のロケーション。零れた涙は全て寝具が吸いとってくれる。
キラは頭からシーツを被り、強く目を閉じた。瞼の裏に浮かぶ“あの人”の顔は、何故か笑顔ばかりで、胸に起こった嵐を静めるには、もう少し時間がかかりそうだった。
了
20180918
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