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陰で握り拳を固めながら、固唾を飲んでアスランの次の言葉を待つ。きっと後の二人も似たり寄ったりな気分に違いない。
アスランは深刻な面持ちのまま、ゆっくりと口を開いた。
「父に、ザラ家代表の座を退いてもらう」
「――――――はあ!?」
思考が停止してたっぷり数十秒後、比較的自由な考えを持つディアッカが真っ先に奇声を上げた。それをきっかけに漸くニコルとイザークの頭も回り始める。
「お前…何を言い出すんだ」
「分かってるんですか?敵はあのパトリック氏ですよ!?」
矢継ぎ早に繰り出される台詞に、アスランは予想通りだなと苦笑した。
「敵…というか、あれでも一応父親なんだが」
「そうでしたね。似てないんで忘れてました。失礼」
そこはしれっと流すニコルは相変わらず辛辣だが、アスランにとってもあまり“父親”という感覚のない相手である。それ以上混ぜ返したりはしなかった。
パトリック・ザラとは、たった一代でザラ家を世界に名を轟かせる巨大企業に育て上げた、謂わば経済界のドンである。イザークたちの実家も同じようなものだが、それでもザラ家は頭ひとつ抜き出た存在だった。しかもパトリックの野心は未だ衰えていない。アスハ家と縁を結び、国内を磐石なものにしようとしたのは、国外へ目を向ける布石だったからに違いないのだ。
「簡単なことじゃないのは、俺が一番良く分かってる。だが父のやり方ではもう古いと感じていたのも事実だ。この先、ワンマンなんて通用しない。舞台が国外に移るなら尚更だ。いずれは俺が継ぐ予定だったんだし、単に時期が早まっただけのことだと考えれば――」
「貴方の能力の話をしてるんじゃない。問題はパトリック氏が引くかどうかでしょう?正攻法では難しいって言ってるんです!」
何か手に負えない事態に飲み込まれそうな焦燥感に突き動かされて、諦めるならぶん殴ってやると思っていたことなど忘れ、ニコルは食い気味に遮った。アスランは年下の策士が年相応に取り乱す姿に、こんな時だというのにちょっと微笑ましくなった。それも子供の頃から顔を合わせているとはいえ、あのニコルが赤の他人の自分のために、である。
「笑ってる場合ですか!」
全く以て仰る通りだと、アスランは口許を引き締めた。
「あてがないわけじゃない。まずは手っ取り早くその辺りから突いてみる。ウチの内情に関わるから詳しくは話せないんだが……まぁ察してくれ」
組織が大きくなればなるほど、当然関わる人の数は増えていく。人の心は三者三様。違う思惑を持つ者も自然と多くなる。程度に差はあれど、今のアスランのように、現体制を快く思わない人間が出てくるのは当たり前のことだった。業績の良さに支えられて表立たないだけで、決して一枚岩にはなり得ないのだ。
トップにはそれらを許容する力量が要求されるわけだが、そういった様々な思惑の中にはパトリックを排除したいあまり、アスランを推す一派が存在していたとしても何ら不思議ではない。その辺はちょっとした小金持ちとはレベルの違うニコルたちにも、身に染みて分かっていた。
だがそれはアスランの言う通り、各家の内情に関わる話で、いくら親しい間柄であっても、他人が口出しするのはご法度であることも。
それでもイザークは尚も愁眉を解かなかった。
「仮にもお前が取って代わろうとしてるのはザラ家総帥だぞ。その…大丈夫なのか」
どう取り繕っても、アスランの能力を疑うような言い方になってしまう。流石のイザークも遠慮がちだが、尤もな意見だった。
なんだかんだ言ってもまだ学生の身である。幼少期から教育を受けているし、長じてからは仕事現場に同行したりもするが、だからこそその程度では通用しないと知っている。いくら知識を頭に詰め込んでみたところで所詮は机上の空論。実践するのとは大きく違うのだ。経験不足だけは一朝一夕では賄えない。
これはザラ家に関わる全ての人間の人生を左右する話で、クーデターに成功したとしても、経営に失敗しましたでは済まされない。勢いや我を通すだけのための手段だったなんて言い訳は通らないのだ。
イザークが危惧するのは無理もなかった。
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陰で握り拳を固めながら、固唾を飲んでアスランの次の言葉を待つ。きっと後の二人も似たり寄ったりな気分に違いない。
アスランは深刻な面持ちのまま、ゆっくりと口を開いた。
「父に、ザラ家代表の座を退いてもらう」
「――――――はあ!?」
思考が停止してたっぷり数十秒後、比較的自由な考えを持つディアッカが真っ先に奇声を上げた。それをきっかけに漸くニコルとイザークの頭も回り始める。
「お前…何を言い出すんだ」
「分かってるんですか?敵はあのパトリック氏ですよ!?」
矢継ぎ早に繰り出される台詞に、アスランは予想通りだなと苦笑した。
「敵…というか、あれでも一応父親なんだが」
「そうでしたね。似てないんで忘れてました。失礼」
そこはしれっと流すニコルは相変わらず辛辣だが、アスランにとってもあまり“父親”という感覚のない相手である。それ以上混ぜ返したりはしなかった。
パトリック・ザラとは、たった一代でザラ家を世界に名を轟かせる巨大企業に育て上げた、謂わば経済界のドンである。イザークたちの実家も同じようなものだが、それでもザラ家は頭ひとつ抜き出た存在だった。しかもパトリックの野心は未だ衰えていない。アスハ家と縁を結び、国内を磐石なものにしようとしたのは、国外へ目を向ける布石だったからに違いないのだ。
「簡単なことじゃないのは、俺が一番良く分かってる。だが父のやり方ではもう古いと感じていたのも事実だ。この先、ワンマンなんて通用しない。舞台が国外に移るなら尚更だ。いずれは俺が継ぐ予定だったんだし、単に時期が早まっただけのことだと考えれば――」
「貴方の能力の話をしてるんじゃない。問題はパトリック氏が引くかどうかでしょう?正攻法では難しいって言ってるんです!」
何か手に負えない事態に飲み込まれそうな焦燥感に突き動かされて、諦めるならぶん殴ってやると思っていたことなど忘れ、ニコルは食い気味に遮った。アスランは年下の策士が年相応に取り乱す姿に、こんな時だというのにちょっと微笑ましくなった。それも子供の頃から顔を合わせているとはいえ、あのニコルが赤の他人の自分のために、である。
「笑ってる場合ですか!」
全く以て仰る通りだと、アスランは口許を引き締めた。
「あてがないわけじゃない。まずは手っ取り早くその辺りから突いてみる。ウチの内情に関わるから詳しくは話せないんだが……まぁ察してくれ」
組織が大きくなればなるほど、当然関わる人の数は増えていく。人の心は三者三様。違う思惑を持つ者も自然と多くなる。程度に差はあれど、今のアスランのように、現体制を快く思わない人間が出てくるのは当たり前のことだった。業績の良さに支えられて表立たないだけで、決して一枚岩にはなり得ないのだ。
トップにはそれらを許容する力量が要求されるわけだが、そういった様々な思惑の中にはパトリックを排除したいあまり、アスランを推す一派が存在していたとしても何ら不思議ではない。その辺はちょっとした小金持ちとはレベルの違うニコルたちにも、身に染みて分かっていた。
だがそれはアスランの言う通り、各家の内情に関わる話で、いくら親しい間柄であっても、他人が口出しするのはご法度であることも。
それでもイザークは尚も愁眉を解かなかった。
「仮にもお前が取って代わろうとしてるのはザラ家総帥だぞ。その…大丈夫なのか」
どう取り繕っても、アスランの能力を疑うような言い方になってしまう。流石のイザークも遠慮がちだが、尤もな意見だった。
なんだかんだ言ってもまだ学生の身である。幼少期から教育を受けているし、長じてからは仕事現場に同行したりもするが、だからこそその程度では通用しないと知っている。いくら知識を頭に詰め込んでみたところで所詮は机上の空論。実践するのとは大きく違うのだ。経験不足だけは一朝一夕では賄えない。
これはザラ家に関わる全ての人間の人生を左右する話で、クーデターに成功したとしても、経営に失敗しましたでは済まされない。勢いや我を通すだけのための手段だったなんて言い訳は通らないのだ。
イザークが危惧するのは無理もなかった。
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