破滅
・
“名家”と言われる連中と全く関わりのなさそうな、金融機関をピックアップさせる。勿論、それまでの事業成績を鑑みて、信頼の置ける所に限られた。反面こちらだって向こうからすれば新参者でしかないのだから、即答は期待していない。金を貸すためには、返済能力があるかどうかの綿密な調査が必要で、今はその結果待ちの状況なのだ。それこそがキラの望むクリーンな取引きであるし、寧ろ気が済むまで調べて欲しいと思ってはいる。試算では話が纏まるかどうか、ギリギリのボーダーライン上だそうだ。
(駄目だった時の対策、考えとかなきゃ)
キラは髪をクシャクシャとかき回した。
ウズミや使用人に相談すれば答えなど決まっている。だから一人で考えなければならなかった。
母が亡くなってから、ずっと独りで生きて来たつもりだった。それがいかに子供の甘い意気がりだったかを痛感する。
(…――――辛い…)
自信なんかどこにもない。それでもトップに立たなければならない重責。周囲の人間全てに、値踏みされているように感じる。被害妄想染みているのかもしれないが、キラが失敗するのを待っているのではないかとさえ思ってしまう。
こんな時こそ誰かに「大丈夫だ」と言って欲しい。「よくやってる」と褒めて欲しいのに。
――――――あの人に。
「弱いなぁ、僕は」
すっかり癖になった自嘲の笑みを溢し、キラは再び資料へと目を落とした。小一時間もすれば使用人が朝食の準備が出来たと呼びに来るだろう。それまでに後数ページは進めておきたい。
だが思ったより頭に入って来なかった。どうやっても目が文字の上を滑っていく感覚。
集中力には自信があるのにな、とキラは独り首を傾げる。そういえば徹夜の成果も進捗は芳しくない気がした。碌に睡眠も確保出来ない経験は今までもあったのにと不思議に思いながら、キラは半ば無理矢理文字を追った。
時間は待ってくれないからだ。
キラは捨ててしまったものの重要性に気付かない。彼にとってなくてはならないものだったのに。
◇◇◇◇
親戚連中との会食はそれはそれは酷いものだった。15人ほどの集まりだったが、キラのちょっとした動作や発言の度に、あちこちからクスクスと笑い声が聞こえた。何か彼らにとって非常識な振る舞いがあったのだろう。指摘されるならともかく、これではただの虐めだと思った。
そうすることで彼らは言いたいのだ。
「妾腹のお前などアスハ家に、ましてやアスハ家当主になど、相応しいはずがないのだ」と。
精神的にかなり消耗し、それでもなんとかこなしたつもりだ。しかし彼らの合格レベルには遠く及ばなかったに違いない。そもそも彼らに新しいものを受け入れる土壌がないのだ。
これならまだ不躾なマスコミにもみくちゃにされた方が遥かにマシだ。期待してはいなかったが、真の敵は身内だなんて笑えないジョークである。
例の老使用人の気遣わしげな視線を感じたが、それも何だか煩わしくて、会話を交わすのも億劫だったキラは、気付かないふりをしつつ、早々に自室へと引っ込んだ。
真っ直ぐベッドへと直行し、飛び込むようにダイブする。仰向けに寝転がると、腹の底から大息が出た。視界に入った天井がグルグルと回っている気がして、閉じた目の上に右の拳を乗せる。
「……つっかれた…」
目が回るのは、度重なる不摂生の所為だろうか。しかしこうしていても一向に眠りは訪れてはくれそうにない。
「丁度いいじゃないか。さぼってる時間なんかないんだから」
この後にも当然予定はある。今はとても言える状況ではないが、本当なら大学にも顔を出したかった。
眠っている暇があるのなら、昨夜捗らなかった勉強に費やすべきだろう。
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“名家”と言われる連中と全く関わりのなさそうな、金融機関をピックアップさせる。勿論、それまでの事業成績を鑑みて、信頼の置ける所に限られた。反面こちらだって向こうからすれば新参者でしかないのだから、即答は期待していない。金を貸すためには、返済能力があるかどうかの綿密な調査が必要で、今はその結果待ちの状況なのだ。それこそがキラの望むクリーンな取引きであるし、寧ろ気が済むまで調べて欲しいと思ってはいる。試算では話が纏まるかどうか、ギリギリのボーダーライン上だそうだ。
(駄目だった時の対策、考えとかなきゃ)
キラは髪をクシャクシャとかき回した。
ウズミや使用人に相談すれば答えなど決まっている。だから一人で考えなければならなかった。
母が亡くなってから、ずっと独りで生きて来たつもりだった。それがいかに子供の甘い意気がりだったかを痛感する。
(…――――辛い…)
自信なんかどこにもない。それでもトップに立たなければならない重責。周囲の人間全てに、値踏みされているように感じる。被害妄想染みているのかもしれないが、キラが失敗するのを待っているのではないかとさえ思ってしまう。
こんな時こそ誰かに「大丈夫だ」と言って欲しい。「よくやってる」と褒めて欲しいのに。
――――――あの人に。
「弱いなぁ、僕は」
すっかり癖になった自嘲の笑みを溢し、キラは再び資料へと目を落とした。小一時間もすれば使用人が朝食の準備が出来たと呼びに来るだろう。それまでに後数ページは進めておきたい。
だが思ったより頭に入って来なかった。どうやっても目が文字の上を滑っていく感覚。
集中力には自信があるのにな、とキラは独り首を傾げる。そういえば徹夜の成果も進捗は芳しくない気がした。碌に睡眠も確保出来ない経験は今までもあったのにと不思議に思いながら、キラは半ば無理矢理文字を追った。
時間は待ってくれないからだ。
キラは捨ててしまったものの重要性に気付かない。彼にとってなくてはならないものだったのに。
◇◇◇◇
親戚連中との会食はそれはそれは酷いものだった。15人ほどの集まりだったが、キラのちょっとした動作や発言の度に、あちこちからクスクスと笑い声が聞こえた。何か彼らにとって非常識な振る舞いがあったのだろう。指摘されるならともかく、これではただの虐めだと思った。
そうすることで彼らは言いたいのだ。
「妾腹のお前などアスハ家に、ましてやアスハ家当主になど、相応しいはずがないのだ」と。
精神的にかなり消耗し、それでもなんとかこなしたつもりだ。しかし彼らの合格レベルには遠く及ばなかったに違いない。そもそも彼らに新しいものを受け入れる土壌がないのだ。
これならまだ不躾なマスコミにもみくちゃにされた方が遥かにマシだ。期待してはいなかったが、真の敵は身内だなんて笑えないジョークである。
例の老使用人の気遣わしげな視線を感じたが、それも何だか煩わしくて、会話を交わすのも億劫だったキラは、気付かないふりをしつつ、早々に自室へと引っ込んだ。
真っ直ぐベッドへと直行し、飛び込むようにダイブする。仰向けに寝転がると、腹の底から大息が出た。視界に入った天井がグルグルと回っている気がして、閉じた目の上に右の拳を乗せる。
「……つっかれた…」
目が回るのは、度重なる不摂生の所為だろうか。しかしこうしていても一向に眠りは訪れてはくれそうにない。
「丁度いいじゃないか。さぼってる時間なんかないんだから」
この後にも当然予定はある。今はとても言える状況ではないが、本当なら大学にも顔を出したかった。
眠っている暇があるのなら、昨夜捗らなかった勉強に費やすべきだろう。
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