破滅




以前とは少し形の変わった信頼を、アスランは頼もしく、そして嬉しく思った。多分これが本当の意味での“味方を得る”ということなのだ。
言葉には出来ないこんな温かいものを、惜しみなくアスランたちに与えておきながら、自らは手放してしまったキラに、今度はこちらから届けてやりたい。いや、絶対に届けてやろうと決意する。


「独りで頑張る必要はないのだ」と。




◇◇◇◇


結論から言うと、キラは薬の恩恵を受けることなく朝を迎えた。帰宅後、シャワーを浴びたキラは、またも新しい案件に遭遇し、徹夜で勉強する羽目に陥っていたのだ。


「………もう、朝か…」
静まり返った執務室で資料に没頭していたキラは、朝を告げる鳥の囀りを耳にして、ゆっくりと顔を上げた。座った椅子をクルリと反転させて、窓の方へと身体を向ける。バルコニーへも出られるその窓には、今は分厚いカーテンが引かれているが、意識して見れば外がうっすらと明るくなって来ているのが分かった。

背凭れに身体を預けて背中を伸ばし、酷使した目頭を揉む。アスハ家当主に座ることを許された椅子は、軽いとはいえ成人したキラの全体重を受けても、軋みひとつあげなかった。
こんなに努力しているのに、まだ学ばなければならないことがあるのかと、先の見通しの立たなさに挫けそうになる。気晴らしにスケジュールを確認して、更に気分が重くなった。
今日はアスハ家の分家筋との会食が控えているのだ。まがりなりにもこちらが本家なのだから立場は上のはずだが、キラにとっては“名家”の連中と会うこと自体がプレッシャーだった。彼らの“常識”に一般社会の“常識”は通用しない。作法もなにも知らないまま茶室に放り込まれ、茶道の人間国宝級相手に茶をたてろと言われるようなものだった。通り一遍の流れは知っていても、ちょっとした所作や言葉遣いまで、古いしきたりは何処に隠れているか分からない。ただでさえ彼らにキラの存在は受け入れられていないから、これ以上嘗められるのは避けたいというのに。

キラの最終目的はアスハ家の解体で、欲を言えば“名家”の“社交界”ごと潰してしまおうと思っている。いざとなって“名家筆頭”であるアスハ家当主としての大鉈を振るう時、親戚筋にまで抵抗されるのはいかにも厄介だ。親戚だからこそ面倒なこともある。分家満場一致で当主の座を取って代わられでもしたら、例えウズミが認めたとはいえ、到底太刀打ち出来ないだろう。隙を見せるわけには行かないのだ。幼少期からこの家で過ごしたカガリなら、苦もなくやってのけることも、この年まで外部で育ったキラにとっては違う。

今から悩んでも疲れるだけだと、キラは敢えて思考を切り替えた。と言ってもどっちを向いても楽しい話題など有りはしないのだが、これなら外部の人間と慣れない交渉に挑む方が遥かに楽だと思う。

(そういえば…。融資の件はどうなったかな)

キラがこの家に乗り込んで来て、まず手を着けたのが、広大な領地を徐々に減らしていくことだった。どれだけ大学の成績が良くたって、社会人経験ゼロの自分がいきなり本丸(アスハ家)を潰すなど不可能だ。まずは外堀から埋めて行こうとの考えからである。
とはいえ簡単ではない。学生の身分では思いもよらない障害が立ちはだかった。土地を売るには更地にするのがベストである。それだけでも相当な出費であるのに、かなりの部分に借地にして長年住んでいた人たちがいた。円満に退去を願うにはやはり金である。しかし取り敢えずの支度金を渡すにも、あまりにも調達出来る現金は心許なく、頭を悩ませることとなった。
古くからアスハ家と付き合いのある金融機関なら簡単に貸してくれるだろうが、それでは今までと何も変わらない。土地さえ売れれば返せるアテも出来るのだから、借金するにしても、是が非でも真っ当な取引きがしたかった。誰に子供の綺麗事と謗られようが、そこはキラにとって意地でも譲れない一線なのだ。




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