破滅
・
ひたすら自分を凝視するしかないアスランに、ニコルは大袈裟に溜息を吐いた。
「呆けてる場合ですか。キラさんに逢えるチャンスなんですよ。しかもデリケートな状況なら、交渉も水面下で慎重に行われるはずです。ザラ家の次期当主として無駄に目立つ貴方にとっては好都合だ。経済に疎いわけじゃなし、銀行屋のフリくらい朝飯前でしょ」
つまり融資交渉時に金融会社の人間に化けて同席しろと、ニコルは言っているのだ。
「それは、まぁ。というか、無駄ってなんだ」
アスランのどうでもいい突っ込みを、ニコルは話の筋を曲げないことで、軽快に回避した。きっとわざと言った。
「この先も問題は山積みですが、優先すべきはキラさんの心配だと僕は思います。あの人のことですから、全部を抱え込んで自分ひとりが悪役になろうとしてるんでしょう。人とは往々にして自身を見誤るものですが、これほど笑えないミスキャストもない。それでなくとも慣れない仕事の連続で、神経を磨り減らしているでしょうに、味方が誰もいないんじゃ、さぞ辛いでしょうね」
「でもよーキラって頭いいんだろ?」
口を挟んだディアッカに、アスランは頷いた。
ずっと就職組だったキラが、父親に対する反発心をバネに、超難関大学へ見事現役合格を果たしたという話は、既に彼らも知っている。
「キラさんほどの器量の持ち主なら、仕事はすぐに覚えるでしょうね。でもなまじ優秀だから余計辛いんです。頭の回転が速いということは情報処理が速いことへ直結します。自ずと視野が広がりますから、見なくてもいいものまで見えてしまう。きっとキラさんは仕事上の協力者はいても、味方は一人もいない現状を、誰よりも冷静に分析し、理解してると思います」
「頭がいい奴ってのも大変なんだな」
ニコルは頬に手を添えて、染々と頷いた。
「ええ。貴方には一生理解出来ないかも知れませんけどね。良かったですね、ディアッカ」
「―――――ん?俺、喜んでいいとこか?」
そこで首を傾げるのが全てを物語っているのだが、残る三人は申し合わせたように口を噤み、それ以上言及しなかった。ディアッカの名誉のためにもフォローしておくと、彼だってここ数十年で知らない人間はいないほど有名になったエルスマン家の後継者だ。決して馬鹿ではない。ただ少し思慮が足りないだけで。
話を脱線させかけたニコルが、再び本題に戻した。
「しかも最悪なことにキラさん自身がそれでいいと思ってる。だからあんなチラッと映っただけで分かるほど、疲弊してしまっているんでしょう。僕は根性論は嫌いです。いくら強くても、所詮は人間なんですから、拠り所は必要なんです。無理を通せば絶対どこかに皺寄せは来る。認めるのは些か複雑ではありますが、あれほど周囲に目が届くくせに自分が全く見えてないキラさんへの特効薬は、やっぱりアスランを置いて他にない。認めるのは複雑ですが」
「おい。何で二回言った」
そこでディアッカが豪快に噴き出した。アスランから刺すような視線を向けられても、ニコルは眉ひとつ動かすでもなくどこ吹く風だ。
「いやー、さっすがニコルは策士!!ま、そゆことらしーから、キラのためにも頑張れよ、イザーク」
「他人事だと思って」
「お前だって心配なんだろ?キラのこと」
それには返事もせず、眉間に深い皺を寄せたイザークだったが、否定して来ないのは彼流の肯定だ。そして結局はニコルの無茶振りを飲み込む。
「…………高くつくぞ」
「あ。それは是非ともアスランに請求してください」
「だな。そーいや俺も随分と貸しが貯まってるはずだよなー、アスラン」
「嫌だなぁ、ディアッカ。貯まってるといえば僕の方が多いに決まってるでしょう」
「お前ら…」
以前のニコルはもっと謙虚だったように思う。いつの間にかすっかり図々しく……いや、ディアッカやたまにイザークには割と辛辣な台詞も言っていたこともあったが、アスランに対してはあまり見られなかった態度だ。ニコルにとってアスランは他の二人とは違う存在で、仲間意識に加えて尊敬に近いものを抱いていたのだと知っている。とはいえアスランを下げたのではない。関係性が変わったのだ。キラの存在によって。
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ひたすら自分を凝視するしかないアスランに、ニコルは大袈裟に溜息を吐いた。
「呆けてる場合ですか。キラさんに逢えるチャンスなんですよ。しかもデリケートな状況なら、交渉も水面下で慎重に行われるはずです。ザラ家の次期当主として無駄に目立つ貴方にとっては好都合だ。経済に疎いわけじゃなし、銀行屋のフリくらい朝飯前でしょ」
つまり融資交渉時に金融会社の人間に化けて同席しろと、ニコルは言っているのだ。
「それは、まぁ。というか、無駄ってなんだ」
アスランのどうでもいい突っ込みを、ニコルは話の筋を曲げないことで、軽快に回避した。きっとわざと言った。
「この先も問題は山積みですが、優先すべきはキラさんの心配だと僕は思います。あの人のことですから、全部を抱え込んで自分ひとりが悪役になろうとしてるんでしょう。人とは往々にして自身を見誤るものですが、これほど笑えないミスキャストもない。それでなくとも慣れない仕事の連続で、神経を磨り減らしているでしょうに、味方が誰もいないんじゃ、さぞ辛いでしょうね」
「でもよーキラって頭いいんだろ?」
口を挟んだディアッカに、アスランは頷いた。
ずっと就職組だったキラが、父親に対する反発心をバネに、超難関大学へ見事現役合格を果たしたという話は、既に彼らも知っている。
「キラさんほどの器量の持ち主なら、仕事はすぐに覚えるでしょうね。でもなまじ優秀だから余計辛いんです。頭の回転が速いということは情報処理が速いことへ直結します。自ずと視野が広がりますから、見なくてもいいものまで見えてしまう。きっとキラさんは仕事上の協力者はいても、味方は一人もいない現状を、誰よりも冷静に分析し、理解してると思います」
「頭がいい奴ってのも大変なんだな」
ニコルは頬に手を添えて、染々と頷いた。
「ええ。貴方には一生理解出来ないかも知れませんけどね。良かったですね、ディアッカ」
「―――――ん?俺、喜んでいいとこか?」
そこで首を傾げるのが全てを物語っているのだが、残る三人は申し合わせたように口を噤み、それ以上言及しなかった。ディアッカの名誉のためにもフォローしておくと、彼だってここ数十年で知らない人間はいないほど有名になったエルスマン家の後継者だ。決して馬鹿ではない。ただ少し思慮が足りないだけで。
話を脱線させかけたニコルが、再び本題に戻した。
「しかも最悪なことにキラさん自身がそれでいいと思ってる。だからあんなチラッと映っただけで分かるほど、疲弊してしまっているんでしょう。僕は根性論は嫌いです。いくら強くても、所詮は人間なんですから、拠り所は必要なんです。無理を通せば絶対どこかに皺寄せは来る。認めるのは些か複雑ではありますが、あれほど周囲に目が届くくせに自分が全く見えてないキラさんへの特効薬は、やっぱりアスランを置いて他にない。認めるのは複雑ですが」
「おい。何で二回言った」
そこでディアッカが豪快に噴き出した。アスランから刺すような視線を向けられても、ニコルは眉ひとつ動かすでもなくどこ吹く風だ。
「いやー、さっすがニコルは策士!!ま、そゆことらしーから、キラのためにも頑張れよ、イザーク」
「他人事だと思って」
「お前だって心配なんだろ?キラのこと」
それには返事もせず、眉間に深い皺を寄せたイザークだったが、否定して来ないのは彼流の肯定だ。そして結局はニコルの無茶振りを飲み込む。
「…………高くつくぞ」
「あ。それは是非ともアスランに請求してください」
「だな。そーいや俺も随分と貸しが貯まってるはずだよなー、アスラン」
「嫌だなぁ、ディアッカ。貯まってるといえば僕の方が多いに決まってるでしょう」
「お前ら…」
以前のニコルはもっと謙虚だったように思う。いつの間にかすっかり図々しく……いや、ディアッカやたまにイザークには割と辛辣な台詞も言っていたこともあったが、アスランに対してはあまり見られなかった態度だ。ニコルにとってアスランは他の二人とは違う存在で、仲間意識に加えて尊敬に近いものを抱いていたのだと知っている。とはいえアスランを下げたのではない。関係性が変わったのだ。キラの存在によって。
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