破滅




「アスラン、焦ったら駄目ですよ」
ニコルが引き留めるように腕を引いた。携帯で何事か話しているイザークの背中を見るアスランは、余程鬼気迫るオーラを放っていたのだろう。今にもイザークから携帯を奪いそうな勢いだった。そんなことをしても意味などないというのに。
「分かってる。分かってるさ」
でも居ても立ってもいられなかった。こうしている間にも、キラが苦しんでいるのかもしれないと思えば。
ニコルは沈痛な面持ちで結果を待ち、ディアッカも息を詰めてイザークを眺めていた。



途轍もなく長く感じた電話は、しかしものの数分にも満たなかったに違いない。やがて通話を終えたイザークが元の場所へと戻って来た。ドサリとソファに腰を下ろす。
「まぁ予想通りだな。アスハ家から融資の打診が来ている」
ニコルによって半ば強制的に座らされていたアスランが、今度こそ音を立てて立ち上がるのをチラリと流し見たイザークは、淡々と首尾を述べた。
「そう急くな。取り合えず探りを入れただけだから、まだ会えるかどうかまでは分からん。それにしてもあいつが打診したのは、業界でも一番堅いとこだぞ。恐ろしく審査に時間を裂く所為で、中々交渉も捗らないだろうな」
「まーな。いくらアスハ家が高名だからって、家名を担保に融資するなんてお花畑的な発想、イザークより疎い俺だって湧いて来ねー。傍目にはどんな優良企業に見えたって潰れる時は潰れるし、一旦傾きゃそれこそあっという間。そんなんに巻き込まれて共倒れとか、ご免被るぜ。貸す方としては、事が起これば最大限に回収出来るよう、事前の調査は必須だろ。でも名家と老舗の銀行の連中ってのは、そうじゃないから理解不能」
「愚かの極みだな。長い歴史などで腹は膨れん。金の話しは下品だとでも言わんばかりだが、連中だって霞を食って生きてるわけじゃあるまい。結局は先立つものは金だ」
金融業界のエキスパートに比べればやや疎いエルスマン家に育ったディアッカよりも、より事情に詳しいイザークが鼻で嘲って吐き捨てた。おそらくイザークの代で旧金融機関の優位は、完全に失われるだろう。何年も何十年もに渡って脈々と続いて来たこの国の不健全な金融業界が、漸く正常に機能するようになるのだ。そうなって初めて、他国とも競い合える。もう自国のことだけ考えている時代ではないのだから。
時折癇癪を起こすのがたまに傷だが、イザークにはちゃんとそれだけの力量が備わっていると、ニコルには確信があった。

「交渉が難航…。なら付け入る隙はありますね」
「今後、話がまとまるまでに、何度か顔を合わせるはずだからな」
話を持ちかけられた金融機関は、まだアスハ家の返済能力を審査している段階だった。お互いに信頼関係すら築けていないはずだ。
「なんとか潜り込めそうですか?」
ニコルの言わんとする意図を汲んで、イザークは肩を竦めた。
「さっきも言った通りだ。やってはみるが、とにかく堅いところでな。それでなくても交渉の場ってのはデリケートな局面が多い。要請してみたところで許可が出るかどうか微妙だぞ」
「でもジュール家の息がかかった金融業者なんですよね?」
「強いて言うなら、程度のもんだ。ひょっとしたらキラも、直接俺に関わらないように、選別したのかも知れん」
「つまり、縁は遠いってことですか。でも探りを入れられるくらいには、影響力があると」
距離感を正確に読み取ったニコルに、イザークは苦い顔で肯定した。


「了解です。それじゃ、上手くアスランを潜り込ませてください」
「――――――、は?」


まるで今までのやり取りなどなかったかのように、いっそ清々しく言い放ったニコルに、残る三人は唖然とさせられた。滅多にないイザークの呆けた声は言わずもがな、ディアッカはぽかんと口を開きっ放しの馬鹿面を晒しているし、名指しを受けたアスランに至っては自分を指差して、立ったままで固まっている。

今やあのアスハ家の当主となったキラに接触を持つならば、ハイネの線かイザークの線だろうというのは、三人にもすぐに考えられた。しかしニコルは更にその上を軽く飛び越えていたのだ。




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