破滅




◇◇◇◇


「世話になったな」

夜毎屯ろしていた馴染みの店で、アスランは頭を下げた。が、言われたディアッカはひたすらぽかんとするばかりだ。ニコルもイザークも固まっている。
「――――、なんだ?」
一種異様な雰囲気に、アスランは顔を上げ、怪訝そうに眉をひそめた。
「いやいや“なんだ”じゃねーだろ!?お前から礼を言われるなんて、普通こういう反応するだろ!しかも相手、俺だぞ!!って、―――あれ?俺、なんで礼を言われたんだ?」
ディアッカにしては至極尤もな意見だと頷けたのは冒頭だけで、最後の残念な台詞に、ニコルはがっくりと肩を落とした。
「…あの女刑事に手を回したからじゃないですか?」
「あー、それな!あれはでも俺にとっても役得だったから」
するとニコルはおや、という風に眉を上げた。
「話を聞く限り、そんなに貴方好みの女性だとは思いませんでしたけど」
「いやー、そういうんじゃないんだけどよー。とにかく真っ直ぐでさ、直向きに職務に打ち込んでるっつーか。そういうのが新鮮っつーか」
「へえ」
「あ、なんだよ!なんか勘繰ってる!?」
「というか、俄然興味が湧いちゃいました」
イザークも好奇心には勝てなかったらしく、入院中、何度か聴取を取られて面識のあるアスランに話を振った。
「美人か?」
「どうかな。どっちかと言えば可愛いタイプではあると思うが」
「ほう。本人も認める百戦錬磨の恋愛マスターのツボは、意外なところにあったということか」
「だーから!違うって!!」
「ま、それはいいとして」
照れ隠しだろうディアッカの必死の否定など心底どうでもいいニコルが、あっけなく話題を戻した。
「カガリ嬢のことはこれで大方決着がつくでしょう。問題はパトリック氏の目がアスハ家へ向くんじゃないかってことです」
「その辺はどうなんだ?」
イザークの厳しい視線を受けて、アスランは苦い表情を作った。
「自分の父親でありながら、考えてることが読めない人だからな」
「昔のアスランならともかく、今はそうでしょうね」
「馬鹿にしてるのか?」
「まさか。褒めてるんですよ。羨ましいくらいです」
きょとんとして見せるニコルに他意はなかった。実際キラの影響で“家”の呪縛から解き放たれつちあるアスランは、いい顔をするようになった。しかしイコール「甘くなった」と言わざるを得ないのが実情だ。
「パトリック氏だけじゃない。つまらんジャーナリストどももいるからな。今のキラは四面楚歌状態だろう」
「……………………」
「アスラン。おかしなことを考えてるんじゃないでしょうね」
イザークの発言を受けて黙り込んだアスランに、すかさずニコルが釘を刺す。
「ここで貴方が動くのは目立ち過ぎます。パトリック氏がどんな算段をしているのかさえ分からないのに、下手をすれば寝た子を起こす事態も免れません」
「しかしキラが――」
「僕も先日チラリとニュース映像に映った姿を見ましたから、心配ではありますが…。何せキラさんは優し過ぎますからね。でも貴方が出しゃばって逆効果になるんじゃ、本末転倒もいいところだ。ここはイザークに動いてもらうのが最適だと思いますが、いかがでしょう」
突然指名されたイザークは目を白黒させたが、すぐに合点が行ったらしい。
「何かを壊すにしても造り上げるにしても、先立つものはまず金だからな。もし金策に困ってもあいつなら馴染みの金融機関に頼るなんてことはしないだろう」
「旧態依然をぶっ壊すってんなら、新興の銀行に相談する確率が高いってか?」
その後進の金融機関に、ジュール家の息のかかってないところはない。
「分かった。網を張っておこう」
イザークは早速立ち上がり距離を取ると、どこかへ連絡を付けているようだった。上手くすれば直接キラに会うことも可能かもしれない。そこに一縷の望みを見出だすしかないのは理解出来るが、アスランは身動きが取れないもどかしさに歯噛みする。
キラが辛い時、傍に居てやれないのが、不甲斐なくて仕方なかった。

自分を犠牲にする必要はないと伝えたい。
独りで戦うことはないのだと言ってやりたい。




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