破滅




それでもまだ頼み込めば警察やマスコミの上層部にもコネはある。多少の無理は通るはずだ。全てを隠蔽するのは不可能にしても、大々的に報道されることは回避出来たかもしれない。何を隠そう、この病院がそうであった。特別室を病院長の計らいで無期限に使わせてもらっているのだ。勿論入院費は支払うが、外部の人間を完全にシャットアウト出来るのは何より有難い。しかも破格の値段だった。
でもキラはウズミの入院以外で、アスハのコネクションを一切使うつもりはなかった。お陰でカガリが出頭した辺りから、マスコミにまで追いかけられている始末だ。それも新当主のキラが未だ若輩で舐められているのは明らかで、まったく容赦がない。
しかもこれまで秘匿されてきた“名家”へ、これを突破口にして取材しようと虎視眈々と狙っているジャーナリストたちが大勢いる。彼らは表向きは雅な世界を紹介するという建前で、実質こぞって名家が当然のように受けていた“特権”を詳らかにしたいのだ。今まで鉄のカーテンの向こうだった世界を暴けば、それだけで世間的には大きな耳目を引く。仮に疚しいことがなくても、晒し者にされるのは、さぞや名家の連中にとってプライドに障るだろう。加えて様々な“特権”まで丸裸にされるのでは、家名という傘の下で甘い汁だけ啜っていた下位の家にしてみれば、最早死活問題に等しい。アスハ家に対する風当たりが強いのは当然だった。
だからキラには今、味方がいない。

「――でも、今までがおかしかったんだと思います」
その言葉にウズミは目を見開いた。
「名家には絵や彫刻といった貴重な文化財がある。それを後世に継承するのが大事というのは分かります。だけどそれは各家じゃなくていいわけですよね?」
静かな口調なのは、常々キラが思って来たことだったからだ。
「しきたりのような形のないものは不可能でも、物なら国にだって、それが無理なら財団法人なんかを作って、そこで管理すればいい。公になればお金の巡りもはっきりさせなきゃならなくなるでしょう?」
名家の持つ特権で、一番分かりやすいのは金銭問題だ。薄々気付いてはいたけれど、ほんの少し関わったキラにさえ、金の流れがおかしいのは明らかだった。
幸いアスハ家はそれほどではなかったものの、下位とはいえ名家を名乗る輩の中には、所有する広大な土地の固定資産税すら危うい家もあった。懇意の金融業者に尋ねてみれば、売る気もないし買う気もない土地や美術品を担保に、有り得ないほど長期間、それも殆ど無利子で貸しつけられているという。長年に渡る借金は相当な額に膨れ上がっているが、古き良き時代の呑気さで、現在も連綿と続いているとの話だった。とはいえ近年ジュール家のような後進の金融機関が台頭してきているから、尻に火がついても良さそうなものなのに、金の話は下品だとでも思っているのか、再三に渡る忠告にも耳を貸さない家もあるというのだから、閉口するしかない。銀行が潰れるご時世に時代錯誤もいいところだ。そんなものが罷り通っていること自体、特権に守られていると言われても反論ひとつ出来ないだろう。
というか現状では確実に昔からある銀行は資金繰りに行き詰まる。金は無尽蔵には湧いて来ないのだから。
「元々僕は名家の人たちも、あなた方が成金だと揶揄する人たちも、どちらも好きではありません。僻みだと言えば否定はしませんが。だからいくら世間から悪く言われようと、僕が犠牲になることで終わらせられるなら、いっそ本望なんですよ」
「―――っ」
まるで他人事のように言い放ち、キラは躊躇いなく腰を上げた。
「ああ、予定時間をオーバーしちゃいました。邪魔者は消えますので、ゆっくり休んでください」
「キラ!」
踵を返した薄い背中に、ウズミにしては珍しい大声が掛けられる。しかしキラは揺らがなかった。


「心配いりません。貴方の愛娘の身に危険は及びませんよ。…これで良かったんでしょう?」


振り返りもせず捨て台詞を残し、キラは病室を後にした。




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