破滅




(あれがアスランのためでも、僕が救われたのは事実なんだ。おこぼれでもいい。僕は彼らの好意を忘れたりしない)
懐かしささえ感じるニコルたちを思い出し、キラはほんのりと胸を温かくした。

無論、ニコルたちがアスラン抜きでキラのことを大切に想っているのは言うまでもない。ただキラの自己評価があまりにも低過ぎて想像もつかないのだ。これではニコルたちが全く報われないのだが、残念ながらキラの脳内での話なので、指摘出来る人間はいない。通常ならアスランが認識の齟齬に気付かなければならないパターンだが、生憎今のアスランにもその余裕はなかった。

主張を曲げようとしないキラに、アスランは奥歯を噛み締めた。
「俺が頼りないってことか?」
「馬鹿なこと言わないでよ」
そういう誤解だけはされたくない。目を見て話したくて身体を離そうと軽くアスランの胸を押したキラだが、力でアスランに敵うわけもなく、早々に諦めた。せめて少しでも伝わればいいと、彼の肩に額を預ける。なんと言えば理解してもらい易いだろうかと考えなければならないのに、あまり頭が働かなくて苛立った。求めて止まない恋人が逢いに来てくれて、浮かれている場合ではないだろうと。

キラは自らを叱咤して、纏まらないまま口を開いた。
「……これは頼る頼らないとかの問題じゃないんだ。僕の――」

しかしすぐに言葉は途切れてしまう。


「…――――キラ?」

一先ずキラの言葉を待っていたアスランは、抱き締めていた痩身が急に重みを増して、窺うように腕を弛めた。途端、重力に逆らうことなく下がるキラの身体を、慌てて肘を掴んで引き上げる。
「おい!どうした?大丈夫か!?」
「ごめ……、なんか頭がクラクラして」
答える声は弱く、唇も驚くほど血の気を失っている。そうしている間にも増々キラの身体は力を無くし、とうとう床に両膝をついてしまった。アスランの支えがなければ床へ倒れ伏してしまっただろう。仰向けたキラの顔は、最初この屋敷へ来た時に見たものより、遥かに青冷めていた。
「おい!――キラっ!!キラ!?」
アスランも片膝を付き、立てた膝を枕に横たえた痩身を揺さぶってみたが、既に閉じられてしまった瞼が開く気配はなかった。

緊急性を要すると判断した瞬間、自分の立場など頭から吹き飛んだ。


「――っ!誰か!誰かいないか!?」


大声で助けを呼ぶ。その声を薄れ行く意識の中で、キラは不思議と安らかな心地で聞いていた。


大丈夫だよ。
僕は大丈夫。
きみってほんと、僕のことになると
信じられないくらい過保護になるんだから。



そう言って笑って見せたつもりだったが、実際頬の筋肉はピクリとも動いてはくれなかった。半ば意識を失っていても聴覚は最後まで残るとどこかで聞いたことがあるが、アスランの声に応えて遠くからドヤドヤとこちらへ近付いて来る大勢の足音を認識した。
(あれ…?そういえば、アスランってここに居るってバレちゃったら、色々面倒なことになるんじゃなかったっけ)
ゆっくりと腕を持ち上げたキラの手が、アスランの胸の辺りに添えられた。
「…………?」
瞼を上げる力もないはずのキラが、最初何を伝えようとしているのか分からなかった。でもやがて確かな意図を持って、その手に押し退けようと力が籠められる。
「まさかお前…俺に逃げろ、って言ってるのか?」
勿論それに返って来る答えはない。それどころか折角上がった腕さえも、パタリと床に落ちてしまった。
だがキラのしようとしたことは痛いほど伝わった。
「お前、こんな時まで俺の心配かよ!」


婚約解消したはずのザラ家の御曹司が潜り込んでいたなどと知れれば、確かに面倒な事態になるだろう。アスハ家の人間には「成金が金で名誉を買うつもりなのか」と思われていたに違いない。元々歓迎されざる身の上なのだ。挙げ句、偽って金融会社に潜入していたのだから、折角上手く纏まりかけていた商談もぶち壊しになってしまうかもしれない。


だが、そんなことは頭になかった。




「失礼します!!どうかしましたか!?」


使用人が勢い良く洗面所のドアを開いても、キラを抱き締めるアスランの腕が弛むことはなかった。





20180420
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