破滅




「ただ逢いたくて必死でここまで来た男への第一声が、小細工だなんて随分な言い草だな」
牽制し合っているかのような応酬とは裏腹に、二人の距離は縮まって行く。まるで示し合わせたように。
「あ…!」
手が届く距離になった瞬間、もう待てないとばかりに伸びてきたアスランの腕に捕まり、強引に引き寄せられる。抱き締められたのだと気付いても、キラに抵抗する意思はなかった。
だってこんなにお互いの体温や匂いに安心する。離れていた時間の所為で、余計に痛感させられた。


時間をかけて恋人の気配を堪能した後、アスランの肩口で、キラがモゾリと動いた。
「――――怪我の具合はその後、どうなの?」
アスランの抱き締める腕が強くなった。回復したと分からせるためだったが、キラの掠れた声に煽られた所為もある。尤もキラは核心に触れる質問に躊躇しただけで、アスランの欲を掻き立てる意図など皆無だったのだろう。アスランの強まった力で、小さく息を詰める気配まで、いとおしくてたまらなかった。
色事に現を抜かしている場合ではないのは言われるまでもない。が、アスランも所詮は男だ。欲の赴くままキラを貪りたいと、理性が欲望に負けてしまいそうになる。その葛藤で生まれた一瞬の間から何かを察したのか、キラは少しだけ身体を離すと、アスランをジロリと睨み上げた。
「ちょっと。手の動きが怪しくない?」
おっと、体が勝手に反応していたかと内心で舌を出しつつ、アスランはそらっ惚けた。
「誤解だな」
「……とてもそうだとは思えないけど、――――っ!」
話す間にも後ろに回ったアスランの手に背中を撫で上げられて、キラは思わず息を詰めた。アスランと肌を合わせた回数は、それこそ片手で足りるほどだ。なのに教え込まれた快楽に、身体が従順に反応してしまう。まるで見えないアスランの手に隅々まで支配されているようで、それが悔しくもあり嬉しくもあった。
尚も悪戯な手はキラを探るように動き回り、いい加減息も上がって、流石にこれ以上はないと抗い始めた頃、アスランの低い声がポツリと落ちた。
「やっぱり…かなり痩せてるな、お前」
「ぅえ!?」
このままなし崩し的にコトに及ばれてたまるかと必死で身を捩っていたキラは、意外な台詞に妙な声を上げてしまった。
「……痩・せた…って?」
服を着た時の感じがこれまでと違うから、キラにも痩せたのだろうなという自覚はあった。元々肉の付きにくい体質はコンプレックスで、更に貧弱になったとガッカリしつつ、周りにはバレないようにゆったりした服を選ぶようにしていたのだ。だから外見からは分かり難いはずなのに、アスランは「やっぱり」と言った。つまり見抜かれていた。
(ということは……)
身体を撫で回していたのは心配してくれた上でのことだったのかと、勘違いした自分が恥ずかしくなる。無論、それを見抜けないアスランではなかった。
「なんだ?期待したか?」
「~~~~~、ばっ!!」
っかじゃないの――と続くはずの言葉は、喉の奥に押し込んだ。
いくら口で言い訳をしたところで、密着している下半身は嘘を吐けない。正直過ぎる反応には顔から火が出る勢いだが、そこについてはアスランも同様だから、もう開き直らせてもらう。お互いの欲情の証が当たっていて、本当に男というのはどうしようもないなと、キラは居心地悪くモゾモゾとしただけに留めた。アスランがキラを心配しているのも本当なのだから。
「無理してるんだろ」
アスランの口調から揶揄かいが消えた。
「それは当たり前でしょう?僕が相手にしてるのは、歴史と伝統だからね。そう簡単に折れてくれるわけがない」
「みんな、心配してるぞ」
「そう。でもこれは僕が独りでやるって決めたから」
ニコルたちのことを言っているのだとすぐに分かった。彼らには散々骨を折ってもらいながら、結果的にこんな事態になってしまったのは心から申し訳なく思う。
(だけど彼らが協力してくれたのはアスランのためだからだ)
今は気にかけてくれていても、会って間もないキラのことなどすぐに忘れてしまうに違いない。




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