破滅




それ以外にもマスコミが虎視眈々と“名家”の綻びを狙っている。
元アスハ家次期当主の起こした傷害事件で、例えば彼女の通っていたお嬢様大学の関係者などから新証言などが得られれば、未だニュースのトップを飾る。報道が出る度にアスハ家の親戚連中を筆頭とした名家の神経を酷く逆撫でしているはずだ。これまで通り不祥事を身内で揉み消していれば、その辺りだけでも気楽だったのだろうが、これまでキラに一切その動きは見られなかった。楽をしても結局なにも変わらない。そのくらいならたった一人でも矢面に立とうと思っているに違いなかった。
名家の深層を詳らかにする好機だと、ジャーナリストと称するならず者たちが、他家にまで迷惑をかけないよう牽制もしているようだが、その気力もこの孤立無援状態でいつまで持つのか甚だ疑問だ。
名家について然程詳しくなく、一部資料を目にしただけのアスランでも、キラの労力と心労は半端ないと容易に想像出来た。


商談に入ってからのキラはアスランを見ようともしない。味方を得て安心すれば弱くなる。ここで折れるわけには行かないと、必死に気を張っているのだ。少しは頼ることも覚えて欲しいと寂しくなるが、その心理は解らなくもない。

暫くは書類に取り組むキラを眺めているしかなかったアスランだが、不意にあることに気付いて眉を寄せた。
「――どうかしましたか?」
アスランの空気が変わったことをいち早く察知して、即座に探りを入れてきたのは、金融会社の社員の一人だ。部長の許可が降りたとはいえあくまでも他社の人間であるアスランが、大事な商談中に不穏当な発言をしないよう、ずっと注意を払っていたのだろう。
「いや…」
自分が全幅の信頼を得ているなどと端から思っていないアスランは、視線は目の前のキラに釘付けのまま、平然と否定を返した。男が疑いの目を反らすことはなかったが、既にアスランの眼中にはなかった。


キラの顔色が異様に悪い。
ストレスと疲労で、ある程度の憔悴は予想していたが、これはちょっと洒落にならないレベルではないだろうか。目の下にはくっきりと隈が出来ていて、肌の艶も失われている。いや、窶れて見えるだけでなく、実際かなり痩せてしまったのかもしれない。キラには珍しいゆったりした服装も、それを誤魔化すためなのかと思えてくる。

キラの異変に気付いてからは、ジリジリと話が終わるのを待つ時間が続いた。そう長引いたわけではないというのに、苛々と腕時計に視線を落とすのが10回を数えた頃、やっと金融会社の連中が、ローテーブルに広げていた書類を纏めにかかった。交渉自体は滞りなくに進んだから、場はアスランの心境とは裏腹に、和やかな雰囲気に満ちていた。

「では、この条件を持ち帰って上と検討致します。次回は悪くない返事を用意出来ると思いますので、ご安心ください」
「どうぞ宜しくお願い致します」
「こちらこそ」
双方がっちりと握手を交わした後、帰社する社員を誘導するために、キラが先に立って扉へと向かう。最後列のアスランと擦れ違った一瞬、チラリとキラが視線を感じた。ここに至ってもアスランが何の動きも見せないことを不思議に思ったのだろう。しかしアスランは顔色ひとつ変えず席を立ち、他の社員同様に付き従った。
アスランがただキラに逢いたくてここまで来たなんて、きっと思い付きもしないのだろう。勿論文字通り顔だけ見てさようならなどとつまらないことで終わらせる気は毛頭ないが。
(自己評価が低いのは相変わらずだな)
少なくともアスラン・ザラにここまでさせられる人間は、世界中どこを探してもキラしかいないというのに。だがそこが如何にもキラらしいとアスランは口許に笑みを掃き、一番後ろから付き従っていたアスハ家の使用人の若い女性に小さく声をかけた。




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