破滅




アスハ家に来るまでの時間潰しに、アスランは自分が何故こんなに苦労してまで足を運ぶ必要があったのかを考えていた。


一番はやはりカガリに負わされた怪我が、完治とはいかないまでも、緊急性を要する状態ではなくなったと知らせるのが目的だ。後はキラを心配していたニコルたちに、様子を伝えてやりたかった。アスランとは感情のベクトルが違うけれど、彼らも“お気に入り”のレベルを越えて、キラを大事にしているから。


でも実際にこうして顔を見てしまえば、自身の怪我やニコルたちのことなど頭から吹き飛んだ。改めて痛感させられた。
結局アスランは、ただキラに逢いたかっただけなのだと。



おそらくキラはアスランを傷付けたカガリ――引いてはアスハ家の存在を憎んでいる。今はその怒りに任せてひたすら突き進んでいる状態なのだ。結果“アスハ家”という看板(キラにそんな看板を背負った覚えは皆無だろうが)を失って、世界に名の知られたザラ家の御曹司(アスランもキラと同様、そんな看板を背負ったつもりはない)と釣り合わなくなってしまうことも承知の上で。
無論アスランは“肩書き”でキラを好きになったのではない、見くびるなと怒鳴り付けてやりたいが、主張するだけなら力ずくでどうとでも出来る。かっ拐って監禁でもして、たっぷりその身に解らせてやればいいだけの話だ。
厄介なのはキラの心だ。キラはアスハ家を潰し、落とし前をつけるまで、アスランに逢わないと決めてしまっている。彼が考えを変えない限り、力業に訴えてもアスランの声は届かないだろう。
なんせキラはその外見からは想像もつかないほど頑固なのだ。一度決意すれば、よほどのきっかけがないと、方針を曲げたりしない。仮にアスランがアスハ家やカガリに対し一切の恨みはないと言ったところで、キラが納得しなければ無駄なのだ。

そんなキラに離れた場所から揺さぶりをかけるのは難しい。残る手は正面突破だが、これもまた困難を極める。“時の人”であるキラに、偶然を装って接触するのは、キラが最大限に警戒しているだろうアスランでは、ほぼ不可能に近い。もし叶ったとしてもキラを翻意させるまでに至れるかどうか疑問だ。
さりとて全てが片付くのをおとなしく待つほど、アスランの気は長くない。

だから我ながら回りくどい搦め手を取った。確実にキラに逢いたかったから。


漸く地道な努力が叶った今、本当は直ぐにでも側に行きたいのをぐっと堪えて、アスランは社員に用意されたソファの後方に急遽誂えられた椅子に、ポーカーフェイスを張り付けて腰を下ろした。ここで急いて事を仕損じるほど、アスランも馬鹿ではない。まずはチャンスを待とうと考えた。



因みに本来この場の目的である商談の方は、アスランの予想通り悪くない感触で進んでいるようだった。おそらく近い内にアスハ家の求める額の借り入れは通るに違いない。
キラも金勘定など完全に門外漢のはずだが、中々良く勉強していると感心させられる。口出しは殆どしないものの、全てを家人任せにせず、ちゃんと膨大かつ素人には難解な書類を追えている。理解もしているようだ。意見を求められた時には、かなりしっかりと受け答えをしていることからも窺えた。

(…だけどなぁ)
今回ばかりはキラの明晰な頭脳を以てしても賄えるとは思えない。一口にアスハ家を解体すると言っても、その労力は想像を遥かに越える。

資料を盗み見ただけで、アスハ家の各地に散らばる土地に住んでいる人々は相当な数だと分かった。それも古い契約によるものが大部分で、今の住人はそこが借地であることすら知らない可能性さえある。どういうわけだかその辺はアスハ家も“名家”の悪しき風習を踏襲しているようで、しっかりとした賃貸契約すら存在していない。つまり無償で住まわせているのだ。
ノブレスオブリージュというやつだろうか。大方住む場所もない人間に同情し、提供している内に数が増え、時が経ってしまった――程度の顛末なのだろう。何代も代替わりした寝耳に水の連中を相手に、更地にしたいからと持参金を提示し、立ち退きを求めるだけでも、骨の折れる作業だというのは想像に難くない。まして優しいキラのことだ。大いに心を痛めるだろう。




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