破滅




アスハ家が依頼した金融会社に二の足を踏ませないよう、所有している大量の骨董品も担保に加えてみては、と進言したりもした。一度きりとはいえアスランはアスハ家の最深部に行ったことがある。他でもない、キラとの出逢いの場である顔合わせの時だ。この会社の社員もアスハ家には何度か足を運んでいるから多少は知っているだろうが、そんなもの比ではない。少なくともあの時のアスランは、事務的な扱いを受ける立場ではなかった。
実際にその目で見ているアスランの言葉には自然と重みが加わった。結果、借り入れ希望額に対して担保の割合が大きくはなるものの、そこはアスハ家があくまでも新規の客だということで折り合いがつくだろう。


「アレックスくん」
ハッキングの最中に偽名を呼ばれ一瞬ひゃっとしたが、声の主である融資部門の部長はほくほく顔である。無論、アスランもなに食わぬ顔で端末を閉じると、件の部長の傍へと歩み寄った。
美術品担保へのアイデアが高く評価されたのは、採用されていることからも明らかだ。それが効を奏して、部長直々に明日に予定されているアスハ家との最終折衝の場に、同行するのを許されたのだ。
何度かアスハ家に足を運ぶ社員たちを横目に、悔しい思いをして来た甲斐もあるというものだ。

(これでやっとキラに逢える!!)
らしくなく浮き足立つのを自覚したが、公の場でのポーカーフェイスは慣れたものである。アスランは部長の言葉に慇懃に頷くと、伊達でかけている銀縁眼鏡のフレームを押し上げる手で表情を隠したのだった。




◇◇◇◇


(うわー、コンディション最悪…)


昨夜は件の金融会社との最終折衝を前に、付け焼き刃の勉強と、芳しくない回答だった場合の資金繰りを模索していたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
元々経済面はそれほど得意ではない。金銭が絡むと時に冷酷な判断も必要になってくる。理解はしていても、数字の向こうに厳しい現実を受け入れねばならない人間がいるのだと思うと、どうしても非情になり切れなかった。
(物や人の価値を数字で評価するって考えれば、寧ろ分りやすい方法なんだろうけどね)
だが人の価値を金銭に換算することなど出来やしない。そもそも需要と供給のバランスだけで価値が決まる遣り方も好きになれなかった。例え大量生産の安価な物だとしても持ち主にとっては何物にも代え難い思い入れがある。自分にとってのプラネタリウムの半券や、貰ったあの服のように。
(――――やめよ…)
油断すればぼんやりしてしまう思考の辿り着く先は、どうやってもアスランの面影に辿り着く。頭から追い出そうと首を左右に振ったキラは、忽ち目眩に襲われて、視界がゆらゆらと覚束なくなった。
(気合い、いれないと。苦手だなんて言ってられないし)
息を吸って、腹に力を込める。アスハ家を後腐れなく解体するには、まだまだ道のりは長いのだ。
せめてシャワーでも浴びて少しでも頭をスッキリさせようと、キラは殊更勢い良く備え付けのシャワールームへと向かったのだった。





その日の午後、予定されていた時間ぴったりに、数人の男たちがアスハ家を訪れた。案の定、通されたのは殺風景な執務室である。
出迎えたキラが最後に入って来た自分を見て驚愕に固まる姿を、アスランは表情を変えずに受け止めた。
(そりゃまぁ、吃驚するよな…)
少しだけ弧を描いた唇の前に誰にもバレないよう人差し指を立て、声を出さないようにジェスチャーで伝える。骨を折ってくれたイザークの手前、キラと個人的な知り合いであることを、潜り込んだ会社の人間には知られたくなかった。
ここまで来ておいて二人の関係を秘密にするかのようなアスランに、キラの眉が寄る。だが一先ず疑問を飲み込んで、口を閉じると椅子に腰を下ろした。




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