破滅




それよりもこの騒がしさの所為で、染々とアスランとの思い出に浸れないのは決定事項だ。折角ここまで来たのにと少々残念な気分になったが、このまま留まっても仕方ないと切り替える。

(またいつか、一緒に来られるかな)

叶いもしない願いを苦い笑いに乗せて、キラは遠くに見えるプラネタリウムのドームに背中を向けた。




(…――――あれ?)
大学へと戻る途中、擦れ違った車に見覚えがある気がして、キラは自転車を走らせながら反射的に振り返った。
「きゃっ!」
「あ、ごめんなさい!!」
途端にすぐ側で上がった悲鳴に、直ぐ様ブレーキをかける。幸い通行人の女性に直接ぶつかりはしなかったものの、前を見ていなかったのだからキラの過失は明らかだ。
「大丈夫でしたか!?」
「は、はい。こちらこそ、携帯見ながら歩いてたんで、吃驚して大きな声を出しちゃって――」
慌てて自転車から降りて様子を尋ねたキラに、逆に女性の方が恐縮してくれた。お互いペコペコ頭を下げつつ別れ、大事にならなくて良かったと一安堵したところで、もう一度車道を振り返ってはみる。当然目的の車はとっくに走り去った後で、姿形もない。
(アスランの車に似てたけど…)
あの一瞬でナンバーまで見えるはずがなかったから、確認のしようなどなかった。仮にあれがアスランの車だったとしても、こちらが自転車では、今から追い掛けても追い付けるわけがない。でもほんの数秒とはいえ、アスランと数メートルの距離に居た偶然を喜びたかった。

(まさか、ね)

そんなご都合主義は有り得ないと、キラは軽く頭を振って再び自転車を漕ぎ出したのだった。




キラが目撃したのは、間違いなくアスランが運転する車だった。こんなに近くに居たのに、二人は見事に擦れ違ったのだ。

そう。ただ、擦れ違っただけ。
それでもこの小さな偶然と擦れ違いが、今の二人の距離を象徴しているかのようだった。




◇◇◇◇


結局、アスランは訪れたプラネタリウムに入ろらなかった。予想外の人の多さで早々に気分が削がれたのだ。別にまた来ればいいだけの話だし、特に腹も立たなかったが、何故今日はこんなに大人数が集まっているのかと興味を持った。ここへは何度も足を運んでいるアスランにとっても、初めての光景だったのだ。
車を徐行させつつ眺め、すぐ集まった人々の服装から、時期的にハロウィンの集会だと合点がいく。連動して自分の誕生日が今日だったことにも気付いてしまった。
(すっかり忘れてたな)
かつてたまり場にしていた店なら歓迎してくれるだろうが、大袈裟に祝われる年でも気分でもない。元々乱痴気騒ぎをやっていたのも、誰かのバースデーをダシに、暇潰しをしていただけだ。祝っていたわけではない。その証拠にイザークたちからも祝いのメッセージひとつ送られて来なかった。彼らもアスランたちのために、色々と動いてくれているからだろう。
(でも、キラからなら――)
祝いの言葉くらいは欲しかったと思う。ちょっと拗ねたように唇を尖らせて「おめでとう」と言ってくれるキラの顔が目に浮かぶ。尤もあまり素直じゃないキラだから「やっと僕に追い付いたんだね」などと、照れ隠しに可愛くない一言を付け足すかもしれない。そういうところが、アスランのツボなのだとも知らずに。
(逢いたいな)
迂闊に思い出してしまったことで、却って寂しさが増長しただけ。
アスランは小さく舌打ちすると、振り切るようにアクセルを踏み込んだ。




◇◇◇◇


出向社員身分のアスランの元に、詳細資料が回って来るのは一番最後だ。一刻も早く結果が知りたいアスランは、ちょっと端末を拝借することで盗み見見たアスハ家の査定結果に、胸を撫で下ろした。

(審査は概ね通ったようだな)

腐っても名家中の名家で知られるアスハ家だ。家屋敷とは行かないまでも、所有する領地を担保にすれば、そこそこの金を引き出すのは難しくない。ただ土地の面積は広くても、価値はそれほど高くはなくて、実はギリギリの線だとアスランは見積もっていたのだ。




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