破滅
・
キラの行きたい場所とは――
あの、プラネタリウムだった。
先程教授との会話で彼が話題にのぼった所為かもしれない。勿論、上映を観ている時間はないし、建物を外から眺めるだけだ。
分かっている。
誰も褒めてはくれなくても、自分なりに頑張っているつもりだ。でも随分と疲れている自覚はあった。だからせめてアスランとの思い出に縋るくらいのご褒美は貰ってもいいだろう。
正門を出たキラは軽快に自転車を漕ぎ出した。
◇◇◇◇
アスハ家が融資を頼んだ金融会社に、遠いとはいえ一応親会社に当たるジュール家から派遣された社員という仮の身分で、アスランはなんとかキラに会う足掛かりを掴んだ。しかし手広く経済を仕切るジュール家が、グループ企業の末端まで口を出すなど通常は考えられないため、あちらも相当警戒しているという話だった。だがこれを逃してしまえばアスランとて後がない。次回のアスハ家との折衝の前に、そこそこの信頼を得ておきたかった。
話が決まってから彼らの無用な警戒心を解くために、アスランは本当の名を隠し、件の会社へ顔を出すようにしていた。
そんなある日、アスランは自宅への帰り道が、あのプラネタリウムの近くだったことに気付いた。パトリックに勘付かれないよう動いているから、家の車は使わずに自分で車を運転しているのだが、普段使うルートではなかったから、今まで分からなかったのだ。
気分転換ついでにちょっと回り道をしてみようと、深く考えることなく、アスランはハンドルを切った。
◇◇◇◇
「自転車に乗ったのなんか何時ぶりだろ」
子供の頃の記憶を頼りに軽い気持ちで借りたのだが、いざ乗ってみればペダルを漕ぐ力の入れどころがあやふやで、最初少しフラフラしてしまった。すぐに慣れて滞りなく進むようになったが、目的地に到着してみれば、妙に腕が疲れている。ハンドルを握るのに不必要に力を入れてしまっていたらしい。二の腕を揉みつつも、久し振りに身体を動かせた所為か、清々しい気分だ。少し肌寒いくらいの秋の気候も心地好かった。
往来の邪魔にならないよう、端に避けて自転車を降りる。だが視線の先の様子に、すぐにキラの眉は寄った。
そこにはあの日と同じ場所とは思えないほど、大勢の人々が集まっていたのだ。
「うわ…、何かイベントでもやってんのかな」
駅を過ぎた辺りから徐々に人が増えていることに気付いてはいた。しかし普段より多い人々の目的地が、自分と同じだとは思いも寄らなかったのだ。
改めて見回すと、年齢層はキラと同年代の若い連中で、何やら奇妙な仮装をしている者までいる。所々に設置されている、いかにも手作り風の看板には、おどろおどろしい文字で『ハッピーハロウィン』と書かれていた。
(あーハロウィン…)
そういったイベント事には全く無縁だから、すっかり失念していた。だがハロウィンなら今月末ではなかっただろうか。まだ2日も早い。
その疑問への答えは行き交う人々の会話から返ってきた。
「当日、雨の予報らしいから、今日来てみたんだけど、思ったより人が多くて良かったぁ」
「流石に仮装までして誰もいないんじゃ辛いもんね。31日は台風来るかもだって」
「シーズンだからなー。雨の中、わざわざ出て来んのも億劫だし、イベント強行してなんかあったら大変だしね」
「チラシに書いてあったけど、今夜はここのプラネタリウム、解放してくれるんだって!」
「あー、じゃあのドームって、プラネタリウムなんだ。知らなかったー。だからこのちっちゃい公園がパーティー会場になってるのね」
おそらく魔女と黒猫の出で立ちの女子の話しだ。やはり今日はハロウィン当日ではなかったらしい。別に宗教的な制約がないのなら、今年は諦めるという選択肢もあったろうに、それではイベントごとの好きな連中は納得出来なかったのだろう。こんなお祭り騒ぎにするような行事だったろうか、と更に首を傾げるも、もうその答えをもたらしてくれる者はいなかったし、全く興味のないキラにとって至極どうでもいい話だった。
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キラの行きたい場所とは――
あの、プラネタリウムだった。
先程教授との会話で彼が話題にのぼった所為かもしれない。勿論、上映を観ている時間はないし、建物を外から眺めるだけだ。
分かっている。
誰も褒めてはくれなくても、自分なりに頑張っているつもりだ。でも随分と疲れている自覚はあった。だからせめてアスランとの思い出に縋るくらいのご褒美は貰ってもいいだろう。
正門を出たキラは軽快に自転車を漕ぎ出した。
◇◇◇◇
アスハ家が融資を頼んだ金融会社に、遠いとはいえ一応親会社に当たるジュール家から派遣された社員という仮の身分で、アスランはなんとかキラに会う足掛かりを掴んだ。しかし手広く経済を仕切るジュール家が、グループ企業の末端まで口を出すなど通常は考えられないため、あちらも相当警戒しているという話だった。だがこれを逃してしまえばアスランとて後がない。次回のアスハ家との折衝の前に、そこそこの信頼を得ておきたかった。
話が決まってから彼らの無用な警戒心を解くために、アスランは本当の名を隠し、件の会社へ顔を出すようにしていた。
そんなある日、アスランは自宅への帰り道が、あのプラネタリウムの近くだったことに気付いた。パトリックに勘付かれないよう動いているから、家の車は使わずに自分で車を運転しているのだが、普段使うルートではなかったから、今まで分からなかったのだ。
気分転換ついでにちょっと回り道をしてみようと、深く考えることなく、アスランはハンドルを切った。
◇◇◇◇
「自転車に乗ったのなんか何時ぶりだろ」
子供の頃の記憶を頼りに軽い気持ちで借りたのだが、いざ乗ってみればペダルを漕ぐ力の入れどころがあやふやで、最初少しフラフラしてしまった。すぐに慣れて滞りなく進むようになったが、目的地に到着してみれば、妙に腕が疲れている。ハンドルを握るのに不必要に力を入れてしまっていたらしい。二の腕を揉みつつも、久し振りに身体を動かせた所為か、清々しい気分だ。少し肌寒いくらいの秋の気候も心地好かった。
往来の邪魔にならないよう、端に避けて自転車を降りる。だが視線の先の様子に、すぐにキラの眉は寄った。
そこにはあの日と同じ場所とは思えないほど、大勢の人々が集まっていたのだ。
「うわ…、何かイベントでもやってんのかな」
駅を過ぎた辺りから徐々に人が増えていることに気付いてはいた。しかし普段より多い人々の目的地が、自分と同じだとは思いも寄らなかったのだ。
改めて見回すと、年齢層はキラと同年代の若い連中で、何やら奇妙な仮装をしている者までいる。所々に設置されている、いかにも手作り風の看板には、おどろおどろしい文字で『ハッピーハロウィン』と書かれていた。
(あーハロウィン…)
そういったイベント事には全く無縁だから、すっかり失念していた。だがハロウィンなら今月末ではなかっただろうか。まだ2日も早い。
その疑問への答えは行き交う人々の会話から返ってきた。
「当日、雨の予報らしいから、今日来てみたんだけど、思ったより人が多くて良かったぁ」
「流石に仮装までして誰もいないんじゃ辛いもんね。31日は台風来るかもだって」
「シーズンだからなー。雨の中、わざわざ出て来んのも億劫だし、イベント強行してなんかあったら大変だしね」
「チラシに書いてあったけど、今夜はここのプラネタリウム、解放してくれるんだって!」
「あー、じゃあのドームって、プラネタリウムなんだ。知らなかったー。だからこのちっちゃい公園がパーティー会場になってるのね」
おそらく魔女と黒猫の出で立ちの女子の話しだ。やはり今日はハロウィン当日ではなかったらしい。別に宗教的な制約がないのなら、今年は諦めるという選択肢もあったろうに、それではイベントごとの好きな連中は納得出来なかったのだろう。こんなお祭り騒ぎにするような行事だったろうか、と更に首を傾げるも、もうその答えをもたらしてくれる者はいなかったし、全く興味のないキラにとって至極どうでもいい話だった。
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